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場所は店と喫茶店の中間あたりだったと思う。
入り組んだ裏路地の奥まった角を曲がった時、人の話し声が聞こえた。
高い。女性の声だ。
認識した瞬間、心臓が可能性に跳ね上がった。
緊張に空気が伸し掛かる。
荒い呼吸を意識的に抑えつけながら、足音を潜めて奥を覗き込んだ。
「っ!」
灰色にくすんだブロック塀が先を阻む路地の奥で、向かい合う二つの影。
腕を組んで凄む赤を纏う女性と、困り顔で見下ろす男性服の長身。
(みつけた!)
安堵に気が緩んだのは一瞬。
耳に届いたレナさんの剣呑な声に、直ぐに張り詰めた。
「そう……どうしても約束は出来ないというのね」
カイさんが戸惑いがちに口を開く。
「……はい。こちら側に、規則違反ではない方を制限する決まりはありません」
「わからない人ね。これは『店』に頼んでいるんじゃないの。アナタ個人に言っているのよ」
「……ならば余計に、首を縦に振るわけにはいきません」
(約束? 頼み? なんのことだ?)
レナさんは頑なに拒むカイさんを睨み続けていたが、「……そう」と赤い唇で呟くと、小馬鹿にするようにクスクスと笑む。
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