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未だ地面に膝をついたままの彼女は、事態が飲み込めないと言わんばかりに、見開いた双眸を戸惑いに揺らしている。
俺は先程とは違う、苦笑に近い微笑みを浮かべて、見上げるカイさんに視線を合わせるように屈みこんでから、そっと片手を差し出した。
「……大丈夫ですか?」
「え? あ、うん」
例えば。
「つい」とか「思わず」とか、人間という生物の中に組み込まれた『無意識』を表す言葉はいくつかあって、普段の冷静さを欠いた時ほど注意力が散漫になり、例えどんなに心に留めていても、「うっかり」してしまうのは誰にも否めない事だろう。
けれどももし、その「うっかり」が、他方が意図的に仕掛けた『誘い』だったなら。
きっとそれは『無意識のうっかり』ではなく、『覚悟の決別』にもなるのだと思う。
戸惑いがちに伸ばされた指先が、差し出した掌に重なる。
初めて知った彼女の体温は、緊張からか、ひんやりと冷たかった。
「瀬戸悠真」
「…………え?」
告げた名と、クッと握りしめた指先。
彼女の肩がピクリと揺れ、限界まで見開かれた双眼が、薄く笑んだ俺を映す。
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