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不本意に乱されたペースに、いつもの"カイさん"を取り戻そうとしていたのだろう。
返答前にこっそりと繰り返されていた深呼吸は気づかないフリをしてあげて、見覚えのある路地を二人で進んでいく。
前回よりも少しだけ色が濃く見えるのは、気のせいだろうか。
「はい、お疲れ様」
「そんなに歩いてないですよ」
以前のように開けてくれたドアの前を「ありがとうございます」と通り過ぎ、店内へ踏み入れれば席は七割ほど埋まっている。
満席じゃなくてよかった。
危なかった、と息を付きながら何と無しに捉えた前回の席。
優良すぎるそこは当然埋まっているだろうと思いきや、座る人の姿はない。
(……変だな)
飲食店で優良席を開けておくのはイメージダウンに繋がりかねない。
他の予約でも入っているのだろうか。
「いらっしゃいませー。あ、お待ちしておりました!」
「また来てくださったんですね」と笑顔で先を施すのは前回の店員さん。
案内されるままついていくと、通されたのは。
(なんで、)
「ご注文、お決まりになりましたらお呼びくださいね」
「ありがとうございます。ユウちゃん、鞄と手提げ貰うよ」
「すみません。あの、もしかして……」
差し出された手に荷物を受け渡しながら、浮かんだ可能性にカイさんを見上げる。
促されるまま腰掛けると、ハンカチを被せたカイさんはクスリと小さく笑んで。
「もしかしたらと思って、念のためにね」
「、」
(おいおいマジかよ……)
俺がココを選ぶ場合を仮定して、先に予約をしておいたということだろう。
サラリと言ってみせるが、選ばなければ正直只の手間でしかない。
それならせめて、リクエストを聞いてからその場で店に連絡を入れたほうが遥かに効率がいいだろう。
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