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「ありがとな」と時成に片手を上げて、ホールへと踏み出す。
最近はウチも少しずつ知名度が上がってきたようで、まだ目立った空席は見当たらない。
休憩前から談笑を続けている常連さんの「おかえり」に笑顔で会釈を返し、新しく席についている見知った顔に声をかける。
新規のお客様は好奇の目を向けている方を中心に。
仲間内で盛り上がっている間に邪魔はしない主義だ。
「ユウちゃん」
届いた声に視線を向ける。
胸元まで伸ばされた柔らかなオレンジベージュの髪に、少女漫画のようにカールの強い睫毛。
目を引く赤い口紅で微笑む彼女がレナさんだ。
「おかえりなさいませ、レナさん。ご注文ですか?」
「ええ。ユウちゃんが戻ってくるまで待ってたのよ。褒めてちゃうだい」
「褒めるなんて、僕にはとても。でも、嬉しいです。お待たせしちゃってスミマセン」
「いいのよ。それは仕方のないコトでしょ?」
ニッコリと微笑んだレナさんは腕組を解き、胸を乗せるように机に体重を預けると広げたメニュー表のパンケーキプレートを指差す。
「コレ、お願い」
レナさんのこういう女性の"武器"を強調するような仕草は毎度のコトだ。
意識的に見ないよう自身を律して、笑顔のままオーダー表へ注文を書き込む。
「かしこまりました。お飲み物は?」
「そうね……紅茶にするわ。ミルクをつけてちょうだい」
今度はドリンク部分の"紅茶"の文字を爪先でコツコツと数度叩くレナさんに、注文を書き込みながらも俺は注意深くその爪を盗み見る。
ああ、なる程。
ワザワザ俺を待っていた理由はコレか。
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