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案の定、珍しく軽い足取りで拓さんの元に向かった時成は、嬉しそうに頬を薄く染めながら言葉を交わしている。
良かったな、と心の中で嘆息しながらホールをぐるりと一望すると、そろりと控え目に上げられた掌が一つ。
見れば拓さんが現れる十分程前にご来店されたお客様だ。
注文だろう、と予測付けて、オーダー用紙を片手に彼の元へ。
「お待たせしました。ご注文ですか?」
「は、ハイッ! あの、あ、アイスティーを、ひとつ」
男性一人のお客様だが、ココでは特に珍しくはない。
ただ、こういった店は初めてなのか、黒縁眼鏡の奥の双眼は先程からキョロキョロと落ち着きなく周囲を彷徨っている。
シンプルな白のカットソーに灰色のパーカーと緩めのジーンズ
。顔立ちから推測するに、大学生成り立て、といった辺りだろうか。
おっかなびっくりな注文を用紙に記入し、俺は努めて優しげな笑みで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「かしこまりました。メニューお下げしてよろしいですか?」
「はっ! あの、まだっ見たくて」
「それではまた後ほど、お邪魔になりましたらお下げしますね」
コクコクと頷く彼に「少々お待ちくださいませ」と頭を下げ、オーダー用紙を手にパントリーへ戻る。
直ぐに帰りたい、という雰囲気ではなさそうだ。
出来れば緊張を解いてあげたい所だが、さてどうアプローチするか。
(拓さんもいるし、下手な事は出来ないしな……)
別に、普段からやましい事は一切していないが(時成辺りは首を傾げそうだが)、彼の席は拓さんの席の斜め前方側である。
言葉は聞こえずとも、やり取りの見える範囲。
拓さんの目的が見えない今、あまり妙な動きは出来ない。
(なんだか、普通にご飯食べに来ただけのような気もしてきたけど……)
あまりに単純に"楽しんでいる"拓さんに、思い過ごしだったのかもしれないと気が抜けそうだ。
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