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「"仮に"、ですけど。一歩を"踏み込んで"しまった時に後悔が生まれるのなら、それはきっとご自身にとって"優先すべき事"ではないんだと思います。怯えて過ごす日々は辛いですし、もっと大切なモノを、大事にしたほうが幸せなんじゃないかと。でももし、"踏み込めない"事が何よりの苦痛なら、その時は腹をくくって戦ってみるってのもアリなのかもしれないですね」
「お、とこらしい、ですね」
「"オトコの娘"、ですから。結局は、"人生楽しんだモン勝ち"ってヤツです」
ニッコリと微笑んだ俺に、彼は小さく「楽しんだもんがち」と繰り返す。
日焼けがなく、目立った荒れも見当たらないきめ細やかな肌。
伏目がちの目蓋から伸びる睫毛は量が多く、薄い唇の口角はキュッと上がり愛嬌がある。
いい"素材"だ。
もし、彼の気が向くのなら、是非ともウチに来て欲しいくらいに。
けれども。
(それは今、口にすべき内容じゃない)
まだ一線の瀬戸際で揺れ動いている彼の腕を掴んで、無理矢理飛び越えさせる事態になりかねない。
疼く商売魂をしっかりと押し込んだ俺のネームプレートを、彼がコソリと見上げる。
「……"ユウ"、さん」
「はい?」
「っ、おれ、そのっ、甘いものも好きで……食べったいんですけど、よく、わからなくて……っ。オススメとか、ありますかっ!」
「、」
姿勢を正して強張ったまま、メニュー表だけを見つめて必死に紡ぐ真っ赤な彼に、思わずクスリと笑みが溢れる。
「パンケーキとか、いかがですか? 先日改良したんです」と指差した俺に、目を輝かせて「それにしますっ」とコクコクと頷く彼。
非常に素直で可愛らしい。
是非ともそのまま純真に育っていって欲しいものだ。
……既に育ってはいるか。
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