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こりゃ相当な甘党みたいだ。
幼子を見る親のようなポカポカとした心で見守っていると、それまで笑顔でパンケーキを口に運んでいた彼の手がピタリと止まる。
ジワリと目尻に浮かんだ涙。
どうした舌でも噛んだか!? と内心で慌てる俺に、くしゃりと顔を歪めた彼が「おれ……」と絞りだす。
「こんな風に、周りを気にしないで好きなの食べて、美味しくて、全然、馬鹿にされなくて。それが"普通"なココに来れて、本当よかったです……っ!」
少し長めの袖口でグシグシと乱雑に涙を拭うと、彼はまた噛みしめるようにパンケーキを口に含む。
彼がこの店を知る事になった切っ掛けや、どんな思いで来たのかなんて俺にはサッパリだが、こうして"満足"して貰えたのなら従業員冥利に尽きるというものだ。
「勿体無いお言葉です、"ご主人様"」。そう頭を下げた俺に、彼がおずおずと口を開く。
「あの、その、出来たら、なんですけど」
「はい?」
「ご、ご主人様ってのが、やっぱ、恥ずかしくって……! あ、メイド喫茶ってのは、わかってるんですけどっ!」
「ああ……よろしければお名前をお伺いしても? ハンドルネームで構いませんよ」
「お名前でお呼びしている旦那様は、他にもいらっしゃいますから」と続けた俺に、彼は安堵の表情を浮かべる。
「"コウ"って、呼んでもらえると嬉しいです」
「コウさんですね、かしこまりました。他のメイドには僕から伝えても?」
「あ、はい! お手数おかけします……」
「とんでもありません。この程度、手間の内にも入りませんよ」
「では、ごゆっくりとおくつろぎくださいね、コウさん」と丁寧に頭を下げた俺に、彼は「ありがとうございます」と頷いて再びパンケーキへ向き合う。
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