第1章

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?“ようこそ、殻の中へ” ここに連れてこられた時に渡された冊子の表紙。 初めて目にした時はなんとたちの悪い冗談だと吐き気がした。 しかし、今ではその印象はまったく違うものになっていた。 「完成だ」 ここ数ヶ月掛かり切りだった”ドアー”の論文が書き上がった。いったい何時間机に向かっていただろうか? 椅子と体とが一体化してしまったのではないかと錯覚してしまうほどに節々が硬い。着想からの設計、そして試作という流れには何の苦も無いのだが、それを理路整然と書き連ねるとなると筆が一気に重くなった。 “どこへでもつながるドアー” 簡易転送装置とも呼ぶことが出来るこの技術体系。世に問えば、誰しも「これこそがイノベーションだ」と口にするだろう。いや書き上がった今この瞬間はそう思っていたいだけなのかもしれない。 そんな独りよがりな充足感と自嘲に浸っていると、ドアーをノックする音が響いた。 「こんな時間に誰だ?」 いや今が何時かでさえもわかっていないが… 判然としない頭を掻きむしりながらドアーを開けた。 「?!」 そこには見知らぬ黒尽くめの男が立っていた。 状況を理解出来ずにいる私の姿に彼の口元が人なつっこそうに緩んだ。その刹那、視界が光に包まれ私の意識は途切れた。 目が覚めるとそこは白塗りの部屋と呼ぶには無愛想すぎる空間だった。空腹感も疲れもない。体を拘束されているでもなく、ただ椅子に座らされていた。 何か思い出せないか、何か見えはしないかと目を細めると、正面の壁が裂けあの男が現れた。 「まずは非礼を詫びさせてほしい」 ここから長い話がはじまった。 彼は”ドアー”を世に問うのを待ってほしいといった。 彼らは”殻の中”という超法規的集団を組織しており、ここもその組織が持つ”殻”という外界とは隔絶された施設のひとつだという。数多の企業、研究機関や大学の科学者を監視し、彼らの見出したテクノロジーや発見が世界に及ぼすであろうイノベーションを適宜プロデュースするために関係者を施設に隔離。その影響について思考実験と社会実験を繰り返しているという。 “世界中のテクノロジーを掌握する” 本当にそんなことが可能なのだろうか? それこそ”ドアー”でもなければ不可能ではないか。 浮世離れした話に頭は疑問で溢れていたが、まずは聞くに徹した。
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