第1章

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「我々のことを理解してもらうには時間が掛るだろうし、理解と賛同が同義でないことも解っているつもりだ。 貴重な時間の中でこのような手段を取るしかなく心苦しくはあるのだが、まずは我々に説明する時間をもらえないだろうか」 それからしばらく彼の話が続き、その後一冊の冊子を渡され、私はまた白い空間に取り残された。 “ようこそ、殻の中へ” 「なんなんだ、このタチの悪い冗談は」 時間の経過と共に散らかった頭が少しずつ整理される中、ただ悪態が口をついた。しかしこの彼らの施設の中にあってはどうすることも出来ないだろう。釈然とはしないが、私は心を鎮めようと努めた。 この冊子を見ればこんな白けた空間でも快適に過ごすことが出来ると彼はいっていた。さっそく手順に従って壁に触れてみるとベッドやバスタブ、ドレッサーやトイレでさえも音もなく壁からせり出してきた。彼の言葉すべてを鵜呑みにする気はないが、先端のテクノロジーが集められていることは間違いないようだ。 次の日、どこからともなく流れてきた曲に促され目を覚ました。冷たい水で顔を洗い終えたところで、壁の向こうからノックの音が響いて昨日と同じように裂け目から彼が姿を現した。 「おはよう。気分はどうかな? 今日から数日に渡ってオリエンテーションをさせてもらうわけだが、まずは朝食をいっしょに摂らないか? メニューは私のお奨めを揃えてみた。お気に召していただけるといいのだが」 昨夜、私が覚束なく操作していたのとは隔絶のスムーズさで彼は壁を滑るように撫でダイニングを設えた。 「私は犬が好きでね…」 そんな他愛のない話題で朝食がはじまった。 体に良さそうな料理を口に運びながら、これまでにプロデュースしてきたイノベーション、そこから予想される社会的影響とそれへの対策例をいくつも聞かされた。まさかあの鉄道や橋を支えているテクノロジー、あの難病を根絶させたワクチンまでもがこの組織のプロデュースを受けたものだったとは。 彼らは人類の昇華に肯定的でイノベーションをリリースした後も継続して、影に時には日向にフォローを行っていくそうだ。 どのテクノロジーも発見も少しでも早く世に問われていたのなら… そう思いもしたが彼らの介入がなければ広まるどころか一部での独占を産み、大きな争いに発展していたのではないかと思える例もあった。 “イノベーションのプロデュース” 考えたこともない概念だった。
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