現場からは以上です

2/4
前へ
/4ページ
次へ
 八尋麻衣子、二十八歳、主婦。家賃二万七千円の二階建てのアパートで、酒乱癖のある夫の暴力に怯えながら細々と暮らしている。  麻衣子は、ニュースキャスターになるのを夢見て、九州は福岡から上京していた。アルバイトをしながら、アナウンス学校へ通い、卒業と共に、その夢の第一歩を大きく踏み出すはずだった。だが結局は、麻衣子は夢を叶えることなく、主婦をしていた。  早朝から洗濯を済まし、朝ご飯の準備に取り掛かりながら、ふと夫を見る。四畳半の部屋で、せんべい布団に横たわっている。地鳴りのようないびきを奏でていて、起きる様子はまったくない。麻衣子は呆れた顔をして、ため息をひとつ吐いた。  麻衣子は先月より、パン工場でパートを始めていた。理由は、夫が働いてくれないから。  麻衣子の夫、八尋直人は、エリートのサラリーマンで、出世街道をまっしぐらだった。麻衣子は、そんな直人と、アナウンス学校に通っている時に出会い、恋に落ち、瞬く間に結婚に至ったというわけだ。  結婚した当初、麻衣子は幸せだった。直人は会社でバリバリと仕事をこなし、麻衣子は当時住んでたマンションで、家事をこなし、夫の帰りを待つ健気な妻。しかし、その幸せも長くは続かなかった。  直人の会社で横領事件が発生し、その犯人に直人が仕立てられてしまったのだ。直人は、必死で無実を訴えたが、誰もかばってはくれず、結果として、直人は会社を追われた。そして現在は、働く気力を失い、酒に溺れる毎日。  立ち直ることを願い、支え続けてきた麻衣子であったが、その精神力も、そろそろ限界に近付きつちあった。  パートは午前八時から。麻衣子はいそいそと、ドレッサーの前で身仕度を始めた。まだ二十代にしては、かなりやつれた顔。化粧でごまかそうにも、その化粧品すらも、試供品でまかなっていたので、軽目の薄化粧で済ます。そして、くたびれたコートを羽織り、まだ寝ている夫を尻目にパートに出掛けた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加