秘密の恋人

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「胡桃ちゃん、恋人がいないって嘘だったんだ」 久しぶりに日向くんが保健室に現れたのは、卒業式の前日だった。 あれから傷は順調に治ったようでホッとしていたのに、いきなり回転椅子に座った彼に咎められた。 「嘘じゃないよ。あ、この間来た人はただの友達だから」 声をひそめたのは、誰かに聞かれたら柴くんの努力が水の泡になるから。 「それは知ってる。随分仲良さそうだったけど。……もしかして元カレ?」 「ううん。本当にただの友達」 そうか。日向くんも窓から見ていたのか。なぜか罪悪感を感じてしまった。 「じゃあ、『モモ』って誰? 恋人なんだろう?」 「え? モモ?」 この一か月は引越しの準備や仕事の引き継ぎなどで忙しくて、『リソカレ』ゲームをやる暇もなかった。 それにモモと会話することもなくなったのは、脳内の彼氏と会話することに虚しさを感じるようになったからかもしれない。 身近にイイ男がいたのに、二次元に引きこもっていたからチャンスを逃して来たのだとしたらもったいないと気づいた。今更だけど。 「とぼけるなよ! 俺も胡桃ちゃんがここでモモって奴と話してるの聞いたし、景山も聞いたって。『愛してるのはモモだけだ』って電話で話してたって」 日向くんが怒っているのは、私が彼に嘘を吐いたと思い込んでいるからだ。 思春期の子どもたちは、信頼していた大人に嘘を吐かれるとすごく傷つく。裏切られたという思いは時に彼らの人間形成をもねじ曲げてしまうことだってある。 「日向くん。日向くんにだけは本当のことを話すから、他の人には言わないって約束してくれる?」 日向くんが胡散臭そうな目で見ているのは、私が彼を口先で丸め込もうとしていると疑っているからかもしれない。 「お願い。恥ずかしくて日向くん以外の人には知られたくないの」 畳みかけるように言うと、渋々彼は頷いてくれた。 「モモっていうのは、育成ゲームで作り上げたキャラの名前なの。実は私、ゲームおたくで。この間までハマってたのが『リソカレ』っていう理想の彼氏を育成するゲームだったの」 「はあ?」 「モモと会話するのが癖になっちゃって。それを聞かれてたんだね。……イタい奴だと笑って下さい」 日向くんの沈黙が怖い。呆れたよね? 軽蔑したよね?
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