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「あーあ、また失敗しちゃった」
保健室のドアを開けながら呟いた。
【大丈夫、大した失敗じゃないよ。確かに蛇口にホースをちゃんと差し込まなかった胡桃が悪いけど、全身に水を浴びたのが自分だけで生徒は無事だったんだからいいじゃない】
「そうだよね。こんな真冬に生徒を水浸しにしたら大変なことになってたかも」
【そうだよ。だから、早く着替えなよ。ブラウスが濡れてブラが透けてる。男子生徒が見たら興奮しちゃうよ】
「嫌だ、何言ってるの? こんなおばさんのブラなんて、キモいって言われるだけだよ」
「ねえ、誰と話してるの?」
白衣とブレザーを脱いだ私は十センチは飛び上がったと思う。
「な‼ いたの? 日向くん」
一番奥のベッドの上に上半身を起こしてこちらを見ている男子は、ここの常連の日向くん。三年一組の生徒だ。
「鍵空いてたから。……キモくなんかないよ、全然。むしろ、すごくそそられる」
起き上がった日向くんが凝視しているのが、私の透けたブラだとわかって、一気に顔が紅潮した。
「具合良くなったんなら、もう教室に戻りなさい」
日向くんに背を向けるようにして、机の上に置かれた小さな紙にサインした。
【保健室利用届け】。生徒が腹痛などで授業中に教室を出る際、教師が時間を記入してこの紙を生徒に渡す。
生徒は保健室に来て養護教諭の私にサインをもらって、担任に提出しなくてはならない。
つまりはサボり防止策なわけだけど、あまり意味はない。
空き教室や屋上でサボりたい生徒には効果があるかもしれないけど、日向くんのように保健室のベッドで寝たいだけのサボりには無意味だ。
「胡桃ちゃん、なんでそんなビショ濡れなの?」
日向くんには私は完全に舐められている。胡桃ちゃんなんて呼ばれて。
ベッドから立ち上がって私を見下ろした日向くんは身長百八十六センチもあるから、上から目線なのも無理ないのかも。
「花壇に水撒きしようとしたら、ホースが蛇口から外れちゃって」
「相変わらずドジだね、胡桃ちゃんは」
「はいはい。もう着替えるから行って」
【保健室利用届け】を押し付けるように渡して、日向くんの背中を押した。
「ちゃんと鍵かけて着替えろよ?」
その言い方にドキッとしながら、鍵を閉めた。
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