かくて記憶ハッカーは戦えり

6/10
前へ
/10ページ
次へ
「どう違うのだ?」 「他人の記憶を不正な手段で操作したり、無許可で情報を入手することをハッカーと呼びます。 そしてクラッカーとは、犯罪行為が目的で他人の記憶を操作して、破壊活動や殺人行為をする者です。その記憶クラッカーの犯罪計画を知ってしまったんですよ」 「どうにも穏やかではないな」 「僕はチンケな趣味で、ちょっとだけ記憶を弄くるアノニマス(名前のない)な存在で良いんです…… 身の丈相応の生き方で良いんです。それでも、記憶クラッカーの悪巧みを止めたいんです!」 “君が偉大な才能を持っているならば、勤勉がそれにみがきをかけるだろう。 君が普通の能力しか持っていないなら、勤勉がその不足を補うだろう”  先の画家が残した言葉である。  たとえ偉大な能力を持っていても、普通の者は頑張るしかないのだ。 「いかにも君らしいポリシーだな。それでなぜ、その記憶クラッカーに歯向かうのだ?」 「僕の生き方はゆっくりと歩くだけで、決して走ろうとはしませんでした。 でも、今がその全力疾走で駆けるときかな、とガラにもないことを思って……」 「おびえたウサギに見えるけれど、やはり君は男なのだな」  感慨深げにつぶやくと、ふっとその大きな眼を細めて物憂げな表情をした。  そんな顔をするなんて反則だ。まぶしくて直視できないじゃないか。  そんな大人びた表情は初めて見た。告白してみるもんだな。ちょっとだけ嬉しくなった。  この記憶は殿堂入りで、心の戸棚に飾るとしようか。 「どうしたのだ? まるでウサギの鼻が濡れたような顔をしているぞ」 「なんでもありません。ちょっと心拍数がフルマラソンしただけです」  不覚だ。どうやら赤面していたようである。 「それで、その記憶クラッカーの狙いはなんなのだ?」  固唾を呑んで訊ねるアオネ先輩に、僕は重く震える声で告げた。 「明日、安芸総理が出席する式典での暗殺計画です」  ──当日、式典の会場。  会場には大勢の観衆が集まり、この平凡な街の全人口以上の人間が押し寄せたかのようである。  僕とアオネ先輩は、その大勢の観衆に紛れて会場に入った。 「このなかに暗殺者がいるのだな」 「ええ……例のモノはどうでしたか?」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加