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十歳下のコンパニオンどころか、同い年でパートタイマーの、正真正銘の妻が僕の前に現れてしまったのだ。
今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られたが、ここはなんとか言い逃れをするしかない。言葉を探しあたふたしていると、妻は意外な言葉を僕に投げ掛けた。
「はじめまして和也さん。夏美です」
妻は堂々と本名を名乗り、軽く会釈した。
何だこれは?
僕だとわからないのか?
それとも開き直ったか?
そう思っていると、妻が眼鏡を掛けていないのに気付く。
妻はかなりのド近眼で、眼鏡がないと人の区別もつかないほどだ。
まさか、本当に僕が夫だとわからないのか?
もしそうだったら、適当に口実を作って、その場から退散すればいい話なのだが、僕はそれに躊躇していた。
なぜならば、妻が凄く可愛く見えたからである。
いつもは、ろくに化粧もしないで女っぽさが欠落している妻なのだが、今日は違った。僕は十年ぶりに妻にときめいてしまっていたのだ。
僕らは、そのままデートをした。久しぶりに手をつなぎ、互いに嘘で塗り固められた話をし、夕食も一緒に食べた。
そしてその晩、僕らはキスをした。数年ぶりのキスを──。
翌日、僕は出会い系サイトを辞めた。文字どうり、サイト経由でメールしていた和也はもう存在しない。
僕は、元の生活へ戻った。妻はあの日のことを口にしないが、たぶん妻も気付いていたんだろうと思う。
変化が一つあったとするならば、僕ら夫婦はデートの回数が増えたことくらいだろうか。
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