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なんだか、ずっと長い間、眠っていたような気がする。
はっと目覚めると、私は知らない部屋にいた。
そこは、広くて綺麗だというのが印象的で、白を基調とした家具が並べられていた。
曇りなく磨かれたガラステーブルには、赤、黄、白の花が惜し気もなく飾られ、私を歓迎しているようにも取れる。
しかしながら、この雰囲気は不気味だ。
私は、長いソファーに横たわっている。そして、辺りを見回すと、無人のビデオカメラが数台、私を狙っていた。
部屋の出入口には一人の男が無愛想に佇み、まるで私がこの部屋から出るのを阻んでるかのよう。
私はなぜ、この部屋にいるのだろうか。ひとつひとつ思い返してみる。
朝、仕事に行こうと家を出た。そして、いつもの道を通り、バス停へ向かっていた時に、いきなり後ろからハンカチのような物で口を押さえられて──。
そうだ、思い出した。
私はさらわれたんだ。
そう確信すると、サッと血の気が引くのを感じた。
そうとわかれば、早くこんな所から逃げ出さなければならないのだが、あの無愛想な男が行く手を遮っている限り、それも不可能に近い。
この時、私の脳裏に最悪なビジョンがよぎった。
さらわれた私。
部屋で監禁状態。
数台のビデオカメラ。
ひょっとして、これから私はレイプ物のビデオの材料にされるのではないか。
きっと、知らない男に乱暴に扱われ、私は汚されてしまうのだろう。しかも、無理矢理に。
助けを呼ぼうにも、携帯電話を入れたバッグが手元にない上に、この部屋には窓という物が存在しないので、大声を出したとしても誰に聞こえるわけもなく、私はがっくりとうなだれた。もう観念するしかないのか。
そう思った時、突然、音楽が流れはじめた。
曲はそう、由紀さおりの『夜明けのスキャット』を明るくしたような感じで、とてもリズミカルだった。
すると、今まで微動だにしなかった男が動き、部屋の扉が音もなく開いた。
てっきり、私を傷物にしようと、汚らわしい男が入ってくるかと思っていたが、そうではなく、かなり若作りをした老婆がにこやかに入ってきた。
歳は70前後だろうか、かなり派手めな衣装に大きなかつらを被っていた。
そして、その老婆はソファーに座り、ビデオカメラに向かってこう言った。
「どうも皆さまこんにちは、黒柳徹子です」と。
なるほど、ここが噂の「徹子の部屋」か。
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