物の気持ち

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 だが最近になり、僕に猛烈な不幸が次々と降り掛かってきた。  付き合っていた彼女から、突然の別れを切り出されたり、人員削減という理由で、会社から理不尽な解雇通告を受けた。  さらには、親父が莫大な借金を残して失踪。家は売りに出され、母はノイローゼになり精神病院へと入院し、僕は返すあてのない借金を抱え、途方に暮れた。  どうやら僕は、物の気持ちが理解できても、肝心の人の気持ちというのは、理解できなかったようだ。  口があるくせに、気持ちを伝えるのが下手。人とは、何を考えてるのか分からない化け物なのだと気付いた時には、廃墟ビルの屋上に立っていた。  生きていても仕方がない。もう死のうと考え、屋上のフェンスに足を掛けた。 「痛い」  と聞こえたが、無視してよじ登った。もう、そんな事などどうでもいい。  そして、屋上の縁に立ち夜空を仰いだ。突風にあおられ、体がさらわれそうになったが、それでいい。僕を楽にしてくれ。そう思った時には、夜の闇に吸い込まれるように身を投げ出していた。  ビルの窓に映る自分の姿が、まるで映画のフィルムのようにコマ送に見え、少しほくそ笑んだ。意外にも落下速度は遅く感じ、これまで歩んできた人生が、走馬灯のように脳内を駆け巡っていた。  物の気持ちが分かったところで、僕の人生に何か良いことがあったのだろうか。結局は、人の気持ちが分からない人間に成り下がり、この始末じゃないか。  所詮、物は道具だ。気持ちなどない。僕が今まで聞いてきた物の声とは、単なる幻聴に過ぎなかったのだろう。  落ちながら地面を見た。すると、僕が今から激突するマンホールが、 「お前の血で汚されるのは、まっぴら御免だ」  と叫んでいた。  もう、遅えよ。
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