■1-なんとなく[季節の移ろいとともに]

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そんな事情を耳にしてしまったからだろうか。 みんなに今日は付き合えないと言われたときの、寂しそうな様子が……。 なんだかたまらない。 『誰か一緒に居てやれよ』と言いたくなる。 有家川はひとりでいるのが苦手な寂しがり屋のようだ。 だんだん派手で少し威圧的な外見よりも、それに似合わぬ優しさと可愛らしさの印象が強くなっていく。 いや、ギャップがあるから、些細なことがより印象深くなるんだろう。 さらに声だ。 ますます発声や滑舌もよくなり、何気ない会話すら表現力豊かになった。 話し声に混じる、かすれた音色にもドキッとさせられる。 教室のざわめきの中でも、優先的に俺の耳に入って来る有家川の声。 そしてある瞬間、ずっと解けなかった問題が解けるように、俺はスパン!と気付いた。 『有家川の声が好きだ』 認識してしまえばより気になり始め、俺も有家川が朗読をすると、彼を振り返るクセがついてしまった。 もしかしたら朗読をするたび、ちらりとこちらを見る有家川も、俺の声が好きなんじゃないだろうか。 俺は少し声には自信がある。 ずば抜けていい声だとは思わないが、元来良く響く声で、発声や滑舌などを良くするために多少の努力もしていた。 なぜそんな努力をしているかと言えば……。 そもそもの始まりは、中学校の頃。 八ツ年上のいとこの美奈姉さんに『声変わりをして、すごくいい声になったから』と、音声登録サイトに声をアップしてみることを強く勧められたのがきっかけだった。 けど、実際録音したものを聴いてみると、べちゃべちゃとした子供っぽい発声が気になって、声の善し悪しなんか全くわからなかった。 あまりにも酷い音声がショックで美奈姉さんをじーーーーっと睨んでいたら、発声などのコツやトレーニング法を書いたサイトを教えてくれた。 そして、その場でアドバイスを読んで、少し練習しただけで、本当にびっくりするほど上達したのだ。 少し意識し、練習しただけで、こんなに変われるのなら、本気でやったらどれだけ変われるんだろう。 そう思った俺は、すっかりトレーニングにハマってしまった。 そんな俺に美奈姉さんが、ただトレーニングをするだけじゃつまらないだろうからと、いろいろ短期目標を設定してくれた。 それは声登録サイトに指定されたセリフをアップしたり、ボイスドラマに参加させてもらったり……という美奈姉さんの趣味を濃厚に反映したものだった。
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