小便のチカラ

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小便のチカラ

 連日の徹夜。間に日を挟んでのそれだったが、俺はこの一週間ですでに三回そいつをやっていた。耳にはまだ、牌をシャッフルする機械の音がこびりついている。  ろくでもない暮らしはそれなりに楽しいものだったが、体のほうは娯楽よりも健全なライフスタイルを望んでいるようだった。目下のところ陽が昇りきる前に家へ着き、布団に潜りこむことが急務、というのが体のいい分。俺はそいつに従うかたちで歩みを早めた。  途中で煙草が喫いたくなったが、昨今の風潮に倣ってそいつはやめた。このあたりは夜明け前でも人がいる。ウォーキングをしている夫婦。犬に引かれている中年。自宅の玄関前を掃除している年季の入った主婦。それから公園で屯(たむろ)している年配連中。歩き煙草などしようものなら、途端に非難の目を向けられることはわかっている。目だけで済むならまだしも、なかには説教をたれてくる煩型(うるさがた)もいる。実際にこの前はそれでえらい目に遭った。理性のあまり働かない徹夜明けに疲れることはしたくない。俺はニコチンをよこせとほざいている喉を黙らせるために、この先の自動販売機で缶コーヒーを買うことにした。  缶を取りだそうと腰を屈めたときに鮮やかな赤が目に飛びこんできた。一瞬で『中(ちゅん)』の文字が頭に浮かぶ──やばい。かなりの重症だ。  赤いそれはよくよく見れば紫だったが、色彩とかそういったものに疎い俺からしたら赤といって差し支えのない色だった。いくつもの花やつぼみをつけたそいつは自動販売機にへばりついて空を目指し、途中から公園のフェンスに絡みついていた。  生い茂る緑に赤い花。自動販売機の白い筐体。昨夜、何度も聴牌(てんぱ)って和(あ)がれなかった『大三元(だいさんげん)』が頭のなかだけで完成する──意味のない連想ゲーム。俺は夏の風物詩を見おろしながら、ろくでもない喉にカフェインを流しこんでやった。  image=499008369.jpg
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