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目の前の四角く黒い箱。何の変哲も無い木彫りの箱が、まるでわたしを呼んでいるかのように感じた。
既に中を開けて、それらを絨毯の上に出し、手にしようか、止めようか、迷っている。目の前には大きな姿見があり、自分の顔が映り、顔を赤くしていることに気づき、更に汗ばんだ額からジワリと流れ落ちる。真夏でもないのに──。
*
休憩時間に入り、またあちこちで人が集まり、話し声が聞こえてくる。
わたしはその声で我に返った。
「昨日のWステ見た~?」
「観た観た~。シルバーボマー超カッコ良かったね~!」
「また、ライブ観に行こうねぇ~」
わたしは一人トイレに向かう。
「最近お前ら何やってる? なんか面白いネトゲ、おススメあるぅー?」
廊下でも。
「今度の試合、一応深夜だけどニュースでちょろっと流れるらしいぞ」
「そりゃ全国大会だもんな!」
「お前は補欠だろ?」
「あはははははは。まだ今はなっ」
何か趣味をお持ちですか?
そう聞かれて「これ」というほどの大した趣味を、わたしは持ち合わせていない。何かにのめり込んだことも無い。その質問はわたしに取っては少しだけ苦痛な時間。居心地が悪い。
同じ年頃の子たちが数人集まって、そういう話している時は、わたしはなるべく目立たないように会話の内容が他へ流れるまで、じっと影を潜めている。
──か、今のようにトイレに逃げ込む。
そんなに趣味を持たないことが変っていることなんだろうか。みんな目を爛々と輝かせて喋っている。
趣味────わたしの場合は、それが趣味と呼べるものなのかどうかは分からないけれど──化粧。
どこまでナチュラルメイクで詐欺れるか。盛れるか。そのくらいしかわたしには思い浮かばない。
あれは、わたしがまだ、趣味どころか異性にさえ興味の欠片もなかった頃。家族全員でどこかへ出かける用事があった日の出来事──。
「お腹が痛いの? 行けない? 歩けないほど?」
お母さんは、心配で、というよりも、既にお金を払ってあるので、それが勿体無くて、どうにか連れて行けないか、そっちの方を心配していた。
わたしは悲痛な表情を、大袈裟すぎないよう、出来るだけリアルに作った。
「ごめんね……ママ。本当に──痛いんだ、少しなら歩けるけど、電車だよね。それに──」
「そうねぇ────」
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