7.僻野ノ涯

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礼を尽くして紡ぐと、 再び短刀で指先を傷つける。 傷つけた血液は大気と混じり周囲を湿らせて、 鉄くさい匂いを残す。 その臭さを次に血液の滴で誤魔化して、 次に……呪のない純粋な血液を湿らせる。 その湿り気は先程の血液の湿り気を閉じ込める様に 上から覆い隠し飛翔の体に纏わりつく。 氷解したての氷水のように冷たい感触が 今頃を彼を襲っているはず……。 彼を異空に閉じ込めるための布石となる記憶を探りながら……。 「それでは今より儀式に移らせて頂きます。  飛翔殿は私の声に合わせて呼吸を生吹に転じてください。    その後、御自身の念を媒体にして雷龍翁瑛を召喚してください。  それを受けて朱瑛の剣をもって私が飛翔殿の御霊を引き抜き、  宝様のもとへお連れ致します」 柔らかな声でゆっくりと紡ぐ。 ……もう少し……。 あと少しで邪魔者は失せる。 カムナが飛翔の記憶に潜りこみ幻惑を紡ぎだす。 それを望んだのも私自身と知りながら 気遣う言葉をかけ続ける。 「飛翔殿惑わされてはなりません。  心を無に……飛翔殿、お気をしっかり。  真実は御一つのみでございます。    卯月、飛翔殿が常黄泉の淵に囚われる前に……」 この声が届くか届かぬかのうちに、… 目の前にいた飛翔はぐったりとその体躯を横たえる。 飛翔の皮膚を貫くカムナの呪い。 床に吹き出るかの者の血液。 赤く染めあげる床。 周囲に漂う鉄臭。 「飛翔殿っ!!」 最後の気遣う言葉をかけながら 相手が沈むのを見届ける。 その間際……瞳の端に掠めた徳力のご神体。 雷龍翁瑛の光を捕えながら……。 ……失敗したか……。 ゆっくりと祈りを捧げてカムナの呼びかけに体を預けていく。
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