9.火の加護が満ちる夜

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その日……私は桜瑛の腕の中、 この世界で初めての温もりを知った。 何処までも優しく、 何処までも暖かいその温もりは、 揺り籠のように優しい微睡を運んでくれる。 こんなにも穏やかな時を紡ぎ続けるのは何時ぶりか。 「月姫さま……私がお傍にいます」 何度も何度もその言葉を紡ぎだしては、 私を抱きしめる桜瑛。 カムナが私を飲み込もうと黒い渦を生み出すたびに、 消えそうになる私を力強く引き寄せながら紡ぎ続ける。 カムナの言葉に惑わされそうになるその負の言葉は断ち切る様に。 『もう……誰も必要としないよ』 カムナの甘い囁きはすでに冷たい闇の言葉へと姿をかえて。 時折、その意識を手放しそうになる私に寄り添って、 その手をさし伸ばしてくれた。 遠い……昔……。 緋姫が言っておったか。 『姫様……私はどの御世に置いても姫様との絆の糸は織り続けましょう。  姫様と織りなす綾糸を私は忘れることはありませぬ。  ……姫様……。  どうぞ、その御心に影を落とされた時は私の糸をお引きください。  解れた(ほつれた)糸の分まで何度も何度も綾取りを致しましょう。  火の加護の元……金色の祝福の中。  天(そら)に月に……星に……海に……。  何処までも……優しい言の葉の綾とりを……』 ……忘れておった……。 緋姫と過ごす時間はこんなにも穏やかであったのに……。 緋姫を受け継ぎ我元に使えるこの者に、 一度たりとも心を許すことが今日まで出来なかった。 桜瑛は私に、綾とりを紡ぎ続けていたと言うのに。 遠い……約束のままに。 私との絆を信じて。 「月姫……私が傍に居ますわ。  全てが終わるまで私が貴女を守りますわ。  私たちの未来を手に入れるまで。  ですから……どうぞ、そのお心を私にもお分けくださいませ。  宝さま……神威の事も含めて」
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