9.火の加護が満ちる夜

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暫くの沈黙の後、その言葉を告げる。 今生と呼ばれる今の世界で私を知らぬこの世界で。 唯一、私を受け入れた緋姫の記憶を持つ桜瑛と 新たに結ぶ……主従の契約。 緋姫ではなく桜瑛として過ごすあの者と……。 「火綾の巫女・桜瑛。  月姫が命ずる。    我、嘆きを受け、我、夢を叶えよ。  焔龍・朱瑛の加護の元秋月の未来を導け」 凛とした声が室内に響く。 こんなにも凛として晴れやかな心持になれる日が来ようとは……。 桜瑛の刻印が熱を帯びていく。 桜瑛の交わりを受けて私自身の体内も、 血が温もりに満たされていく。 桜瑛は私の気と交わりあわすと、 その体を愛しげに抱きしめて頭(こうべ)を垂れた。 「……御意……」 それと同時に思いもかけない出来事が 私の身に起こり始める。 カムナの呪に蝕まれ、もう意識を必死に繋ぎとめないと そこに存在(ある)ことすらままならない、 その体の厄災を桜瑛自身の身に引き寄せていく。 時折が桜瑛のうめき声が漏れ、 その体で必死に耐え続ける様に苦痛に満ちた表情を浮かべて。 「桜瑛……もう良い……。  そなたの気持ちだけで十分ぞ」 もう良い……。 そなたをそのような目に合わせるために 私は気の契りをそなたと交わしたわけではない。 そなたと絆を寄り添わせ綾とりをしたのではない。 何度も何度も紡ぐその言葉に、 ただ桜瑛は……微笑み返すだけで……。 「月姫……私は貴女の傍に……。  姫様が招いた一連の事件の全てに終止符を……。  姫様、お一人に寂しい思いはさせません。  もう二度と……」 私自身の災厄を受けとめ切れず 未だ、時折……漏れる言葉。 ……頑固なところは……生まれ変わっても 緋姫と変わっておらぬな……。 何処までも……頑なで……、 何処までも忠誠に尽くし…… 何処までもその身に背負い込む。 私がそなたに返せるものはこれしか……わからぬ。 手当。 その傷を癒し、その苦痛を沈めるには手当が一番であろう。 古から伝わりし一番、心伝わる術(すべ)。 苦痛に顔を歪ませながら一人耐え続ける桜瑛の背に ゆっくりと手を触れる。 そして上下に優しく撫でるようにさすっていく。 手当に気の温もりを注入しながら……。   人肌を感じるのもその痛みを苦痛を 忘れさせる……大切な温もり(くすり)。
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