9.火の加護が満ちる夜

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痛みが多少和らいだのか、 桜瑛が笑みを浮かべる。 「……桜瑛……馬鹿じゃの。  そなたは大馬鹿ものじゃ。  宝さまと神威殿と戦うことになるのじゃぞ。  何故に私の元へ参った。  私など勝手に……」 そうじゃ。 私など……このように弱い私など見捨てればよかろうに。 この者は、桜瑛は今の何も出来ぬ等身大の私を その優しい器で受け止めてくれる。 その身も……心も犠牲にして……。 「さぁ……姫様、参りましょう。  終焉のお支度を……。  お召かえのお手伝いをさせて頂きます」 その身を起こして告げる桜瑛の言葉に…… ゆっくりと禊の祠へと向かう。 秋の庭園の趣は今ではカムナによって 真っ黒な雲が広がり真っ白な雪に覆われ、 その美しく鮮やかな彩りを見せた紅葉も ……全てを失った……。 降り続く雪の中、 桜瑛と二人祠へと向かい互いに禊を澄ます。 冷たく身を斬られるように突き刺す その水で……お互いの全ての溝を埋めて洗い流すように……。 禊を終えると桜瑛は私の体を拭き月姫としての 真っ白な装束を着付けていく。 この装束に袖を通すも今日……限りじゃな……。 ゆっくりと支度を終えると、 小さく一礼して微笑む。 そして自らも……火綾の巫女として 装束を身に着けていく。 緋姫の頃と変わらぬ鮮やかな……情熱の色を宿した衣。 その両手足、髪には聖鈴を施した銀細工の装身具。 少しでも動くごとに、シャランシャララン……。 小さな鈴の音色が広がって周囲の空気を清めていく。 遠い昔……緋姫もそうであった。 その聖鈴の鈴が緋姫が動くごとになり響くゆえ、 客人たちが……私よりも、緋姫がこの地の長である姫と勘違いするほどに……。 ……変わらぬのだな……。 何時の世に生まれ落ちても、 そなたの優しさの……魂魄は……違える(たがえる)ことはないのじゃな。 「姫様……どうぞ一族のもの前にお出ましを。  秋月の行く末を照らしましょう。  私は何処までもお傍に……」 私をエスコートするようにその手を取り導いていく。 ……シャラン、シャララン……チリン、チリリン……。 静かな空間の中鈴の音色が静かに鳴り響く。
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