第十六章 紫色の涙(前)

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第十六章 紫色の涙(前)

   教団の施設から長く伸びている石造りの階段の麓へ着いたのは夕暮れの頃だった。この長い階段には風情があるがその先にある高いレンガ造りの壁が情緒を台無しにしている。  施設を高く囲っている壁はリュウネクストが教団になった時に外敵から身を守るために急拵えしたものが修復されながら今も使われている。  施設の入り口には門があり二人の兵が見張っている。ここをハヤト達は教団への入信希望者という体裁を装って通り抜けるつもりだが時魔導士カメリアは顔を知られている可能性がある。  そのため階段を登る前からボブが背負っている大きなリュックサックの中にカメリアが入っている。ボブはキコナンの森での生活の中でこれより大きな水瓶を背負って川に水を汲みに行くことがあるため、さほど辛そうには見えない。その途中で昼間のブザー音とは異なる夕刻を知らせる鐘の音がゴーンと聞こえてくる。ハヤトとゾーイはボブの荷物を支えてあげたいがこれからすることを考えると不審に思われる可能性があるため、ただ横を連れ添って階段を登っている。  既に二人の兵士がハヤト達の方を見ている。そのうちの一人が双眼鏡を覗いたり手元の資料のようなものと照らし合わせたりしている。おそらく教団にとって不都合な者の人相が描かれているのだろう。その後も兵士達はその場所を動くことはなく戦闘態勢を取る様子もないことからハヤト達がそれに該当することはなかったようだ。  お互い姿を確認していて大きな声を出せば届きそうな距離感であっても何を話すわけでもない。顔を見合わせている時間が長くても当然ながら他人のままである。そんなハヤト達と兵士の間に奇妙な状態が続いていたが階段を上り終えると、今初めて出会ったかのように通常のやり取りが始まった。兵士の一人が言った。  「はるばる遠くから来られたようですが何の用事ですか?」  ハヤトは臆することなく堂々と言った。  「僕たちはキヨメガワから教団に入りたくて来ました。」  するともう一人の兵士が言った。  「他の信者との随行でもなく紹介状もお持ちではないということか。それならばここへ来る前に色々な試練を乗り越えて来たということだろう。その場合でも我ら教団の兵士に相応しいと判断して入団を許可することになっておる。ここへ順番に並び荷物検査を受けた後、門をくぐるがよい。」
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