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いつの間にか降り出していた雨を、部屋の窓からぼーっと眺めていた。今日は少し沈んでいたから、この天気は丁度いいのかもしれない。濁ったものを、洗い流してくれる。 眠ってしまうのは簡単だった。それなのに、机に向かって本を開いていた。ここ一ヶ月ほどなかなか進まないその本のページは、無言のまま私を見守っているような気がする。ひどく静かな夜。 「先生、今ごろ何をしてるかな」 その声は、部屋の静寂に溶けていった。 ―――― その日は最近では珍しい陽気だった。前日までの雨のお陰か空気がよく澄んでいて、塾へ通う私の足取りは、だからか少し軽くなっていた。 「最近、通り魔事件が何件か起こっている。みんな、注意して帰るように」 目の前の講師は、さして興味もなさそうに業務的に伝えると、そのまま教室を出ていった。端正な顔立ちに眼鏡、黒の短髪、いつも着ている水色のワイシャツには皺の一つも見当たらない。その姿を見ている時だけ、私は心が休まる気がしていた。 「北見先生」 廊下を追い掛けて、一人の女子生徒がその講師を止めた。 「どうした」 やはり興味のなさそうな声で振り返る。彼はたぶん、その女子生徒の名前も覚えてなどいないのだろう。自分の受け持つクラスの生徒だというのに。 「あの…少しいいですか。お聞きしたいことがあって」 そう言う彼女の顔には、ほのかに恥じらいが見える。その様子に彼も何かを察したのか、静かに頷くと視線だけで彼女を促し歩き出した。
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