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彼女は少し、肩を強ばらせた。そう、前の男というのは、彼女が半年ほど前まで付き合っていた男だ。付き合い出した当初から実家暮らしの彼女の家に来ていたが、すぐに別れ、途端にストーカーになった男。それから、彼女は男性に家を教えるのをひどく怖がるようになっていた。 「…ごめんなさい」 その言葉は、自分でもどうにもできないというもどかしさが滲み出ていた。北見が優しく声を掛ける。 「いや、焦る気はないよ。美沙が落ち着くまで、俺はいくらでも待つから。今は、気にしなくていい」 塾では考えられないくらい、温かい声音。 その言葉を皮切りに、二人は席を立った。今日もきっと、彼は街のどこかに消えていく。 彼女と別れると、彼は塾とは正反対の方向に歩を進めた。駅を越えて、さらに奥。この街には、人目につかない路地裏がそこかしこにあった。そして、なんの疑いもなく待つ一人の女子高生。 「別に、誰だっていいんだ」 その声は、目の前の女子高生にしっかりと聞こえていた。もうすでに情事は最後を迎えようとしている時だった。 「え…」 女は目を見開いて、言葉を失っているようだった。 「あいつでなければなんの意味もない」 その声は珍しく感情的で、どこか苦しそうだった。女は、その言葉と表情に身動きがとれなくなったようで、ただひたすらに、北見の動きに身を委ねるだけ。やはり、その姿は滑稽であり、歪だ。 最後まで終えたところで、放心状態になった女生徒をその場に残し、北見はどこかへ消えていく。 その後ろから、路地に踏み出す私の手には、鈍く光るナイフ。 「ほら、このままだとあなたが捕まってしまう」 そう呟いて近寄る私に、彼女はまだ気付いていないようだった。
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