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「それがオレの役目だから」
ふいに割って入った声に、大きく肩を震わせて詩子は店内である土間の方を見た。
「梛、帰ったのか」
樫木が身じろぎして立ち上がる前に、梛はずかずかと和室にあがりこむと樫木を睨んだ。
「なんで詩子がここにいるんだよ。で、なんでここの仕事のことなんか話してるわけ?」
梛の口調は明らかに苛立っていた。樫木は大きくため息をつくと、日本茶をゆっくり啜った。それが余計に梛に火をつけたらしい。
「惠!」怒鳴った梛に、詩子はびくっと震えた。怯えた様子に、梛は小さく舌打ちした。
「話す必然があったからです」
樫木はしっかりした口調で言うと、梛に微笑した。その様子はどこか有無を言わせない迫力に満ちて、梛は悔しそうに視線をそらした。
「あ、あのっ、私、帰りますね。樫木さん、ごちそうさまでした、また来ます」
跳ねるように立ち上がった詩子は、さっとカバンをもつと靴を履いて駆けるようにして飛び出していった。呆気にとられた梛を、樫木が目をすがめるようにして視線をやった。
「逃げていってしまったじゃないですか」
「……オレのせいじゃ……」
「ないと言うんですか? 思うようにいかないからって、少し苛立ちすぎてませんか」
「……うっせ」
樫木のしれっとした顔を睨んで、梛は一瞬切なそうな表情で駆け去った詩子の方角を見やった。
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