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「おはよー」と高校の下駄箱では朝の挨拶が交わされていた。
無意識のうちに何度もため息がこぼれ、詩子は重い身体を引きずるように廊下を歩いた。結局一晩中悶々と考えてほとんど眠れなかったせいもある。
そのせいか、社会科準備室を通り過ぎて、正面から梛が歩いてきたことにも気づかなかった。足取りの緩んだ梛が声をかけようとして、ためらうように口をつぐんだ。その様子に気づかないで詩子は視線を廊下の床に落としたまますれ違った。
その背をしばらく眺めていた梛は、軽く唇を噛み締めるようにすると「根元!」と呼んだ。
「あ……おはようございます」
訝しげに振り返った詩子が梛の姿を認めて、怯え気味に挨拶をした。
「根元、悪いんだけど……また」手伝ってほしいと最後の言葉は「詩子!」という男子の声にかき消された。ハッと顔をあげた梛が認めたのは、詩子に駆け寄ってその首に腕を回してじゃれついた男子の姿だった。
「詩子、おはよーっ」
詩子はそこでようやくうんざりしたように「煉くん、重いよ」と言い放った。
「なんだよ、つめてーよ、詩子。あ、せんせ、はよーっす」
煉が極上の笑顔で梛に挨拶し、梛は驚いた顔のまま二人を交互に見やり、掠れた声で挨拶を返した。
「なあなあ詩子。今日、昼飯一緒にくわね?」
「なんで?」
周りの目を気にして煉を振り払った詩子は困り気味に言うと、梛に一礼して教室へと向かい始めた。どこか茫然とした様子の梛をその場に残し、隣を歩く煉は詩子の顔をのぞきこんだ。
「いいじゃん、元カレのよしみで。ちょっと相談にのってほしいことあんだよね」
「なんで私が煉くんの……」と言いかけた詩子に、問答無用とばかりに「約束!」と言い放ち、煉は詩子が入る手前の教室に入っていった。それを後方から見ていたらしい真美と一郎が近づいてきた。
「ちょっと、うた、より戻したの?」
「違う。なんかじゃれついてきた」
「えー、それって、煉くん、うたに未練があるってことじゃないのー?」
「今さら?」
「煉くん、モテるのに、うたと別れてから特定の子つくってなかったみたいだし。うたは実際どうなのよ?」
教室に入り、挨拶をしながら席につく。
「うーん、今さらって感じだよ。なんか別にどーでもいい……」
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