第一章

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 屋上は風が吹いていた。はためくスカートを抑えながら、詩子は目の前の煉を茫然と見つめ、言われたことを問い返した。 「だからさ、マジな話、やりなおさね?」 「……な、何言ってるの……」  ようやく押し出した声は掠れていた。食べ終わったお弁当のバッグが風にあおられてカタカタと音を出した。 「なんか、他の子とつき合っても違うっつーか。やっぱ詩子じゃないとダメっつーか」  少し照れながらも煉は真っ直ぐ詩子を見つめた。 「でも私、煉くんからもらった指輪のこと忘れるような人間だよ? いいの?」 「あー……、あれは確かにショックだったけど、でもそういう抜けたとこのある詩子もいいのかもなーって……」  詩子は戸惑いながら「考えさせて」と答えた。今さらよりを戻すことはあまり考えられなかったものの、煉はつき合っていた時と変わらず嬉しそうに笑ったのを見て、つい曖昧に笑みを返した。 「教室、戻る?」 「少し一人になりたい」 「分かった。じゃ、オレ先戻ってんね。いい返事、待ってっから」  頷いた詩子に手を振って、煉は屋上の階段を降りていった。詩子はその姿を見送り、ふうっと息をつくとフェンスにもたれて校庭を見下ろした。  考えることが後から後から出て来て別の意味で頭が痛い。  今は自分のことで精一杯だ。自分の記憶喪失が治らないなら、人に迷惑をかけてしまうだけだ。まだ真美と一郎との間にはトラブルは起きていない。でもこれから起きないとは言い切れない。  昨日一晩考えたことを思い返しながら、詩子は人気のないコンクリート敷きに座り込んだ。  風が身体の温度を奪っていくようだった。  ずき、と頭の端に痛みが走った。まただと詩子が思う間もなく、偏頭痛が始まる。  フェンスに身体をもたせかけ、こめかみを抑えた。この前倒れた時以外は、じっとしていればおさまるはずだった。鼻腔を森の香りが掠める。一体何に由来するのか考える余裕もなく、常備している頭痛薬をとりだそうとして、机にかけたカバンの中に忘れてきたことに気づいた。 「いった……」  うずくまるようにして、必死で痛みを抑える。詩子は苦痛に悶えながら、痛みをこらえるようにスカートの端をぎゅっと握った。  どんどん痛みがひどくなっているような気がした。  涙がにじんできた時だった。
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