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図書室に差し込む光が残像のように目の奥にちらついた。「詩子」と柔らかく呼ばれる声が心地よかった。このまま目を開けないでいたいと思ったのに、消毒液の匂いにまぎれるようにして、校庭からの部活動に励む声がした。
詩子は薄く目を開けると、クリーム色のカーテンが風に揺れているのが見えた。保健室のベッドに横になりながら、もう一度目を閉じた。名も顔も分からぬ彼が出てくる夢を追いかけたかった。でも夢はもう戻ってこなかった。
仕方なく起きようとして、ふとベッドの脇でパイプイスに座ったまま俯いて眠っている梛を見つけた。
「槙原せんせ……」
小さく呼んでも深く眠っているらしい梛には届かない。保健室のどこかの窓が開いているのか、ベッドを囲むカーテンが大きく風を孕んで揺れた。
詩子は俯く梛の顔を見つめた。前髪が顔を半分かくして影にしていた。
まるで図書室の青年のようにも見えた。
飛び跳ねた鼓動を抑えながら、詩子は梛に夢の中の青年を重ねてみた。分からなかった。詩子は小さくため息をつくと時計を見た。すでに放課後を迎えている。
「槙原先生、起きてください。槙原先生」
軽く肩を揺すると、梛が小さく呻いて顔をあげた。
「あ、……大丈夫か?」
「あの、ご迷惑おかけしてすみませんでした。起こすのも忍びなかったんですけど……」
梛はどこか居心地が悪そうに「いや……」と言うと立ち上がった。
「店、くるんだろ」
ぶっきらぼうに梛はそう言うと、詩子に手をさしのべた。その流れに既視感を覚えて、詩子は一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。
「詩子?」そう自然に呼ぶ目の前の相手は誰だろう。図書室の夢の残像が蘇る。本を読んでいた青年と目の前の梛が二重写しになりかけた時、頭に痛みが走った。
呻いた詩子に、梛が心配そうに「大丈夫か?」と声をかけた。一瞬で残像は空中に散って、詩子は痛みが静まるのを待った。なぜか残された猶予がないような気がした。
「今日、店くんのやめた方がいいんじゃ……?」
「いえ、行きます。……お願いがあるんです」
「お願い?」
「樫木さんと槙原先生のお二人に頼みたいことがあるんです」
切羽詰まったような声音の詩子に、梛はかすかに息を飲んだ。
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