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梛の指示に従って、詩子は目を閉じたまま自分の内部を見つめるようにした。
「そう、その調子……」
梛の囁く声に胸がざわつく。詩子はそれを意識しないよう必死で自分に集中した。その時、ふと図書室の夢が詩子を揺さぶるように蘇った。そして森の中にいるような清々しい香りが鼻の辺りに漂った。
梛が何かを言う声も遠く、詩子は図書室の夢の中にいた。
また会えると思った詩子の予想を裏切って、図書室は誰の気配もなかった。ただ背の高い木材の本棚を斜めに切るようにして、夕陽が差し込んでいた。
読書机の上に、青年が読んでいたらしき厚い本が開いた状態で置かれていた。どんな本を読むのか興味が湧いて、詩子はそれに近づいた。その時、開いていた窓からざあっと風が吹き込んで、図書室のカーテンを揺らした。その風はそのまま置かれている机の上の本のページを何枚も何枚もめくった。詩子も髪を煽られて慌てて抑えながら、一瞬目を閉じた。開けた時には、目の前の本は消えていた。
それだけではなかった。少しずつ図書室の空間が欠けるように崩れ始めた。
「……こさん、詩子さん!」
ハッと目を開けた。目の前で梛が崩れるようにしなだれかかってきた。慌てて詩子は梛を支えた。
「詩子さん、梛、大丈夫ですか?!」
樫木が急いで梛を詩子から離して、そばに寝かせるようにした。
「きっつー……」
梛が顔を腕で覆うようにしてぐったりしていた。詩子はようやく状況を飲み込んで、梛に近づいた。
「す、すみません、大丈夫ですか?!」
「あー……、まあ……」
梛は浅く呼吸していた。かなり力を使ったのか、すぐには起きられないようだった。詩子はさすがに申し訳なく、梛が話しだすのをじっと待った。それを見てとった梛は、樫木から手袋を受けとって両手にはめた。
「結論から言う」
ゆっくり身体を起こしながら、梛は詩子を見た。詩子は握る手の内に汗をかくのを感じながら、梛を見返した。
「記憶、塗り替えられてると思う」
「塗り替えられ、てる?」
「梛、それはどういうことですか?」
樫木も詩子も訝しげにした。
「詩子の記憶、嘘だらけだってこと」
「はい?」梛の説明にも、詩子はすぐには意味が飲み込めなかった。梛はそれ以上言葉にするのが億劫なのか、辛いのか、口を閉じた。
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