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詩子は梛の言葉を自分の中で反芻して、ようやく腑に落ちた時、あまりの衝撃に言葉を失った。
「詩子さんの記憶が、本当の記憶ではなく、偽りの記憶だとどうして分かったんです?」
「穴だらけなんだよ。うまく言えねーけど、本物の詩子の記憶の上に、嘘の記憶が塗り固められてるとして、それがところどころ剥落してる感じ」
「剥落……」詩子は茫然として言葉を繰り返した。なんだか自分の記憶が欠けていくような感じは、まさにその言葉のようだった。
「詩子さん、大丈夫ですか?」
樫木は固まっている詩子の様子を心配して、そっとその肩に手を置いた。
「樫木さん……私、……私、どうしたら……。今までの記憶が嘘なら、私の家族は、思い出は、いったいなんなんですか……!」
家族だと思ってきた両親と兄、おばあちゃん子だと思ってきた自分。いつからどうしてそんな記憶をもつようになったのか、では本当の詩子とはなんなのか、詩子には梛の言葉がすぐには信じられなかった。
「槙原先生……、嘘をついたってことはないですか?」
「は、はあ? オレがあんたに嘘ついてなんの得があんだよ」
いらっとした声が詩子の耳を打った。
失礼なことを言っていることは充分自覚していた。でも梛の言うことを信じたら、詩子はアイデンティティを見失うことになる。
「分かりません……、分かりたくない」
詩子は茫然としながらそう呟くと、ふらりと立ち上がった。その手を梛が手を伸ばして掴んだ。
「オレが見たのは確かだ。あんたが自分の記憶だと思ってる記憶は、誰かによって植えつけられたものだ」
梛を見下ろした詩子の顔は蒼白だった。唇まで白く、その手は小刻みに震えていた。その震えを鎮めるように、梛は握りしめる手に力を入れた。
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