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第二章
身体中から血の気がざっと引いたのは覚えていた。それからずっと悪寒が続き、今も踏みしめる足元がぐらつきそうだった。
詩子は送ると主張した樫木たちの申し出を頑なに断り、一人で家への道を歩いていた。見えてきた住宅街の一郭はどこかうすら寒く、初めて見るもののように家が並んでいた。思い出せば、自分の家だと分かる。分かるというより、知っていた。
でもその感覚が偽物だと言われたら、何をたよりにすればいいのか分からなかった。
いつものポーチを歩き、玄関の前に立ち尽くした。自宅のドアを開けるのが怖かった。
詩子は目を閉じた。
もしかしたら樫木たちに単純に嘘をつかれたのかもしれない。
そう思うと少し気が楽になった。
今までの家族が嘘だなんて、とても思えなかった。どこにでもある家庭だ。パート勤めの母がいて、サラリーマンの父がいて、大学生の兄がいる。
私の記憶は正しいと言い聞かせた。梛が言ったことを嘘と思いこもうとしながら、一抹の不安がつきまとった。記憶が欠けていく自分の記憶が正しいと、誰が言えるだろう。
詩子は唇を噛みしめると、玄関のドアを開けた。
「ただいまー……」
目眩に身体が傾ぎそうになって、玄関のドアに寄りかかった。
見知らぬ家。
目の前に伸びる廊下のきれいさがしらじらしく目に映った。どこにどの部屋があるのか、思い出そうとして分からなかった。記憶を探っても、そこは知らない家だった。
詩子は激しい動悸に見舞われて浅い呼吸になった。胸を抑えた。
家を間違えたのかもしれない。そう思ったものの、身体は動いた。三和土に靴を脱ぎ捨て、まっすぐ廊下を歩いた。そして突き当たりの左にある階段を登った。
身体は知っている。無意識のうちに習慣化した身体は、忘れない。
「詩子、帰ったのかー?」
階下から誰かが声をかけたのも無視して、詩子は身体に素直に従った。自分の部屋と思しきドアを開け、そうして少しホッとした。
アイドルグッズを全部捨てた部屋だった。自分の部屋だと分かる。詩子は緊張に強ばっていた身体から脱力して、ベッドに倒れこんだ。その時、階下から誰かが階段を登ってくる音がした。詩子の身体が再び強ばった。
「詩子、夕飯できてるぞ。遅くなるなら連絡ぐらい入れてやれ、母さん心配してたぞ」
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