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「ああ」と梛は頷いて、名残惜しそうにたくさんの背表紙に目をやりながら、一通り図書室をめぐった。
「ここの図書室はすごい蔵書数だ。貴重な全集も揃ってる。地方の公立高校じゃ揃えらんねーな」
「私立ということ?」
「かもな」
梛はそう言って目を閉じて、棚に素手で触れた。梛が顔をしかめるようにした。詩子は息を飲んでその様子を見つめていた。梛の額にうっすら汗がにじんでいた。
目を開けた梛は、そのままよろけるように本に背をもたせかけた。
「限界、いったん離脱する」
そう言うとふっと梛の姿がかき消えた。同時に詩子は目を覚ました。
ぐったりした梛が置いてあるソファに倒れこむように横になった。詩子は慌てて梛に近づいて、腕で覆っている梛の顔をのぞきこむようにした。
「大丈夫ですか?」
梛は小さく頷いた。
「あの図書室、この地域じゃない。もっと都会にある」
「都会……。山の下ではなく?」
「違う。棚が覚えている生徒たちの記憶を拾った。校章は三つ葉葵。これは徳川家の紋だ。徳川というと、水戸、紀伊、尾張の御三家がある」
「じゃその三つの地域の……?」
「いや、生徒たちの会話で、渋谷だの神保町だのが聞こえた」
「じゃあ東京……江戸だったから」
「そうだ、東京の三つ葉葵の校章をもつ学校だ」
詩子はそれを聞くと、スマホをとりだし、すぐに検索をかけた。梛はようやく身を起こすと、詩子が差し出したスマホをのぞいた。
「私立東京葵学園高等学校、校章三つ葉葵の紋、文学研究者だった創業者の意向で、日本一の蔵書数を誇る図書室がある……」
梛が読んだ部分に軽く目を見開く。
「とりあえず行ってみるか。詩子はどうする?」
行き先は詩子たちが住む山上から電車で三時間はかかる。それでも詩子はすぐに「行きます」と返答した。明らかにすると決めた自分のことだ。どんな小さなことでも見逃したくなかった。
「じゃあ今週末、」と言いかけた梛に詩子は頭を振った。
「明日。明日行きます」
「学校どうすんだよ」
「サボります」
きっぱり言い切った詩子に、梛は呆気にとられてから、大きくため息をついた。
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