第二章

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 翌日は見事に晴れていた。それでも冬を控えた秋の爽やかな気配は濃く、澄んだ空と空気を覆っていた。  詩子は制服の姿でいったん家を出て、母がパートに兄が大学に行くのを見計らって家に戻ってすぐに着替えた。スリムジーンズにシャツブラウスとジャケットをあわせたシンプルな格好だ。高校生の割に大人っぽいファッションを好むせいか、たまに大学生にも間違われたこともある。  駅にはもう高校生の姿はない。煉のように山の下から通ってくる生徒は、山の下と山上をつなぐ線に乗るため、八時台前半の駅は森高校の生徒でごった返す。  でも今はしんとしていた。それでも見知った顔に出会うとも限らない狭い地域だ。詩子は梛に駆け寄ると、すぐに電車に乗った。 「樫木さんは?」 「あいつは留守。店のことがあるからな」  電車の一番端の車両に乗り込み、詩子は外を見つめた。車内に山の下へ向かう人間は少ない。基本的に車社会のせいか、通勤はほぼ車が多い地域だ。ぽつぽつと乗っている人たちにとりあえず親しい顔がいないのにホッとすると、詩子は窓の外を見つめた。  梛は詩子を気にすることなく本を開いて読み始めていた。  山上から電車がどんどん下っていく。詩子はスマホをとりだして、学校を休むことを真美に伝えてから、梛の手をふと見つめた。手袋をしていた。 「あの、槙原先生」 「先生はやめろ。梛でいい」  本から目を外さずに注意されて、少しムッとしながら詩子は改めて「梛くん」と呼んだ。 「あの、どうしていつも手袋しているの?」 「え? ああ……手袋しないと物に触れた時、その思念が勝手に流れこんでくるんだよ」  梛は本から目をあげて、片手を見つめた。 「惠も力がないわけじゃないけど、オレよりは敏感じゃない。それに、詩子のことで人間も読めるってはっきりしたから、よけい手袋はとれないな」 「それは生まれつきなの?」 「うーん……どうなんだろうな。物心ついた時にはあったかもな」 「家族や親類にそういう力をもつ人、他にもいたの?」 「さあ……。オレ、親の顔知らないから」 「え?」と詩子が聞き返した時、梛は本に再び手を添えながら言った。
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