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話をそつなく合わせながら女性の案内が終わり、梛はパンフレットや編入についての詳細事項を聞いた。その間にも、詩子はどこか心ここにあらずでいた。
詩子は梛に促されて東京葵学園を出た。
「大丈夫か?」
さすがにぼうっとしている詩子に怪訝な顔で梛は尋ねた。
「ちょっとショックというか……、まさかそのままあるなんて」
詩子は呟いて黙りこんだ。
実在するということは、自分の記憶を夢に見ていたのか、あるいはかつて行ったことがあったのか。そう思いながら、詩子はやけに自分の身体があそこにしっくりなじんでいたことを思い出す。それはまるで通い慣れた場所であるかのようだった。自分の家の時と同様に、頭にある記憶だけではなく、身体が無意識に覚えていることもある。
しかも青年が実在するかもしれないことも一段と真実味を帯びてきていた。そのことが十七歳の乙女の心を揺らさないはずがない。
「少し、周りの街を歩くか? 何か思い出すかもしれない」
詩子はそう言われて、頷いた。
本当に自分の記憶が塗り替えられていたとしたら、本当の記憶に基づいて身体が覚えているかもしれないと思った。
詩子と梛は、ふらふらと適当に学校の周囲を歩いた。
見慣れない高層ビルが並んで立っていた。その隙間に民家や店がところ狭しと肩を寄せ合っていた。高層ビルの間には大きな公園があった。その一つ一つを頭に刻みつけるようにしていると、まるで知った街のように思えてくるのが不思議だった。それは梛も同じようだった。
適当にチェーン店のファストフードをつつきながら、梛はずっと考えこんでいるようだった。詩子も今は話す気分でもなく、ただ黙々と目の前のバーガーをお腹におさめることに集中した。
なぜかこうして梛と二人でいることに違和感を覚えなかった。むしろそれが昔から当然のようだった気がしてきた。でもそれはきっと見知らぬはずの街にいるせいだと思った。ちらりと梛を見ると、梛もまた詩子を見たようだった。思わず視線を外して、詩子はストローに口をつけた。
「そろそろ帰ろう」
梛がそう言って、詩子の空になったトレーをもって立ち上がった。その時、ふと周りの女性たちが梛のことを目で追っているのが分かった。
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