第二章

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 詩子は突如出てきた店の名前に、ぎょっとしたように今度こそスマホから顔をあげて煉を見た。視線がかちあう。煉は詩子をおもしろうそうに見ていた。 「なんで出入りしるって……」 「べっつにー。ただ眞一郎さん、心配してるよ。妹が得体の知れない店に出入りしてるっぽいって」  詩子は再び息を飲んだ。兄の名前が出てくると思っていなかった。しかも知っている限り、兄と煉に接点はないはずだ。家族に煉を紹介した覚えは、記憶のある限りなかった。 「なんで煉くんがうちの兄のこと知ってるの?」 「だって、オレの尊敬する人眞一郎さんだもん」  煉は女子がとろけそうな極上の笑みを浮かべて、詩子に軽く首を傾げた。 「そんな話、つきあってた時一度も言わなかったじゃない……」 「別に言うことでもないじゃん?」  スマホをいじりだしながら、煉はしれっと突き放すように言った。思わず詩子は言葉を失ったように唖然とした。 「あんまさー、他人の言うこと鵜呑みにして、自分の周りとの関係壊すようなことしないほーがいいよ」 「なにそれ……、何、言ってんの……」  詩子の両手がかすかに震えた。煉はスマホから顔をあげて詩子を刺すように見つめた。それは今までの煉からは考えられないほど、どこか無機質な視線だった。 「だからさ、ゲデヒトニスだかなんだか知らないけど、他人が言うことに振り回されないよーにねってこと」  詩子の背筋を嫌な汗が流れ落ちていくようだった。 「煉くんにそんなこと言われる筋合いないんだけど」かろうじて詩子は言葉を押し出した。 「まーね。でも眞一郎さんが心配してっからさー」  煉は退屈そうにそう言うと、「で、返事はまだなわけ?」と騒ぎだした。でも詩子はそれどころじゃなかった。  まさか兄にゲデヒトニスに出入りしているところを見られていたとは知らなかった。しかも煉と眞一郎の関係もだ。そして二人は、自分が何をしているのか知っている気がした。 「煉くんは……私が何をしていると思ってるの?」 「え、それは自分がよく分かってるでしょ」 「はぐらかさないで!」  詩子は叫ぶように口にした。
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