第二章

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「はぐらかすつもりはないけどね。でもよーく考えた方がいい。自分の今の生活を守るのか、それとも壊すのか。一番詩子のことを心配しているのは誰なのか。自分の気持ちに素直になるのはいいことかもしれないけどさ、それによって何がどうなるのか、そしてそのことに自分できちんと責任をもてるのか、しっかり見極めてほしーんだよ」  何をどこまで知っているのだろう。ぞっとした。  バレるような行動を派手にとった覚えもないし、心配をかけたくなかったからあくまで身内にも内緒にしてきたつもりだった。それに梛たちがバラすとも思えなかった。  詩子の目に動揺を見てとったのか、煉はにこりと笑うと詩子に近づいた。一歩後ずさった詩子の髪に触れ、ゆっくり撫でた。かつてつきあっていた時、よく煉がしてくれた慰め方だった。 「オレも眞一郎さんも詩子が大事だし、すごく心配。ゲデヒトニスの店主とか槙原センセより、ずっとね。それは信じて」  そう言って煉はひらひらと手を振って、その場から歩き去った。  詩子は気がぬけたようにその場に座りこむと、顔を覆った。  煉の言葉が痛かった。  記憶が塗り替えられているということは、今の自分の周りにあるすべてを失うかもしれないことでもあった。そのことを指摘されて、改めて自分がしようとしていることの重大さに気づかされた。  でも偽りの記憶なのだとしたら、いったいどこまでが嘘でどこからが本物の関係なのだろう。  疑いだしたらきりがない。そう分かっていても、詩子は悶々と考え続けた。  梛に塗り替えられた記憶だと断じられた時、自分の記憶喪失の原因の一端が見えた気がした。あの時、ショックを受けた裏に、どこか納得している自分がいた。これで自分が何者なのか、分かるかもしれないとちらっと思ったのだ。  その時、枯れ枝を踏みしめる音に気づいて、詩子は顔をあげた。  向こうから梛がやってくるところだった。 「授業休んでたから……昨日の今日だし」  ホッとしたような表情を見せて、梛は言い訳のような感じで呟いた。詩子は小さく頷くと、梛に向き合った。 「あの、梛くん、依頼を誰かにもらすってこと、ないよね?」 「は? バカ言うな。仕事は信頼関係で成り立つのに、そんなことする意味がわかんねーよ」
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