第二章

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 日付は古い。三年も前のものだ。なぜこんな古い新聞を置いておくのか不思議に思いながらめくった。増税に関する政治のこと、高速道路で起きた事故のこと、優勝したスポーツ選手のインタビュー、国際映画祭で受賞した映画監督と女優のこと。なんとなく記憶に残っていることも残っていないこともある。詩子はなぜ兄の部屋にこの古い日付の新聞だけが残されているのか、首を傾げた。  新聞をたたみ、元の場所に戻した時だった。  久しぶりの痛みだった。 「……っつ……」頭に走る痛みに詩子は顔をしかめた。どんどん痛みが大きくならないうちに部屋を出てしまおうと思った。脂汗のようなものが額ににじんだ。自分の部屋を目指そうとして、目の前に佇んでいる誰かにぶつかった。思わぬ障害に、畳にすべって尻餅をついた詩子を見下ろすのは、兄の眞一郎だった。 「おに……ちゃん」 「詩子は悪い子だなあ……」  ため息をつきながら、眞一郎は詩子を見下ろして、手を差し出しもしない。 「いった……」詩子は偏頭痛に呻くようにして、その場にうずくまった。頭の内側から何かに叩かれているような激痛だ。涙目で見上げた詩子に、眞一郎は仕方ないとでも言いたげな顔で詩子のそばにかがんだ。 「言い聞かせないとダメなのかな、あまり勝手なことをするんじゃないって」  詩子をのぞきこんだ兄の目は、どこか冷え冷えとしていた。頭痛にもだえる妹を案じもしない、いつも詩子を可愛がる兄とも思えない視線だった。  そのしらじらしい視線に寒気を覚えながら、詩子は小さく「おにいちゃん」と呻いた。 「ごめ……なさい」  謝る詩子に、にっこりと笑った眞一郎は、気を失う寸前の朦朧としている詩子に言い放った。 「詩子、僕の部屋には許可なく入らないようにね。でないと、」詩子の頭に響く兄の声が途切れがちになった。「また詩子の……するよ。……以上、……せないようにね」  詩子の霞がかった目に、眞一郎が艶っぽく笑んでいる姿がうつったのが最後だった。
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