第二章

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 真っ暗だと詩子は思った。どちらの方向に行ったらよいのか分からなくて、とりあえず適当に暗闇の中を歩きだした。一瞬、真美と一郎が呼んでいる気がして振り返った。でも闇の中だ。  今度はクラスの女子たちの笑い声が聞こえた気がして振り返った。それも闇の中だった。母と父の声が聞こえた。でも詩子は振り返らず歩いた。  かすかに明かりが見えた気がして、そちらに歩いた。途中から走った。  ぐんぐん近づいてくる大きな明かりに、詩子は飛び込むようにして走りこんだ。  そこは夕方の図書室だった。そして、彼がいた。彼は詩子に気づいたように、夕陽の中で顔をあげた。そして「詩子」と呼んだ。どこか聞き覚えのある声に、詩子は誰と聞こうとして声が出ないことに気づいた。  彼は不思議そうにしていた。  顔を見たい、名前を知りたい。そう焦る詩子に、彼は手を差し伸べた。その手をとろうとして、ふいに闇が覆い被さるようにして、彼の姿を消した。  その瞬間、詩子は恐怖に襲われた。彼を消されることはどうしても許せないと思った。詩子は声にならない悲鳴をあげて、夢中で闇を探った。  さっきの光を探した。  闇の中を走った。  叫んだ。  でもどんな音もしなかった。どんな光も現れなかった。  詩子は走り疲れ、叫び疲れ、そうしてその場に立ち止まった。自分がどこにいるのか、どこにいくのか、どこにいきたいのか、見失いそうだった。  目を開けると、見慣れた天井がうっすら闇の中に浮かんでいた。  一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、詩子は何度か瞬きした。闇の中に浮かんできた周りの風景に、詩子は自分の部屋のベッドに横になっていることに気づいた。  ホッとした瞬間、全身に鳥肌がたった。嫌な夢だと思った。  そして時計を見ると、すでに夜中の三時だった。  眞一郎の部屋で倒れて、それからずっと眠っていたことになる。詩子はベッドから起き上がると制服を脱いで部屋着に着替えた。しわくちゃの制服が、詩子の眠っていた時間を表しているようだ。  初めて見た兄の一面を思い出すと、震えが足元からのぼってくるようだった。
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