第三章

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 時間がこくこくと過ぎ、梛はところどころノートにメモをとりながら本を読み進めていた。詩子はゆっくりだが、文語体の分かるところだけ拾っているうちに、少しずつ読めるようになってきていた。 「少し休憩」  梛がそう言って、伸びをしながら詩子に言った。 「このうたっていう女性には、お兄さんがいる。眞一郎という、ってまさか……眞一郎……? で、その人がくせ者で……詩子?」  梛は詩子の両手がかすかに震えたのを見逃さず、俯き加減の詩子をのぞきこむようにした。  詩子は青ざめた表情で梛を見た。 「梛くん……、眞一郎って、私のお兄ちゃんの名前でもあるんだよ……」  伸びをした梛の腕が固まったようにぎこちなく降ろされた。梛は詩子を凝視すると、本を詩子の前に差し出した。 「こういう字だけど、同じか?」  詩子は予感していたことに、ゆっくりと頷いた。 「このうたって人が私に関わりある可能性って」 「なくはないだろうけど……時代が違いすぎる」 「でもこんな偶然、ある? くせ者ってどういうこと?」 「ええと……、眞一郎は記憶に関する研究を独自にしていて、うたを呼び出してはうたで実験していたらしい。もともと物の記憶や想いを読めるうたは、ちょうどいい対象だったんだろう。うたの日記には、兄の眞一郎に呼びだされては、協力していることが書かれている」 「私の方は途中で後ろから読んでいたんだけど……最終巻の最後の方、気になる文章があった」  そう言って詩子は後ろのページを開くと梛に見せた。 「記憶は永遠にめぐる、鍵はいつでも兄のもとに隠され続ける、って意味だよね、ここ」 「兄は眞一郎のことで……鍵……。待てよ、オレが読んでる巻にも出てきた」  梛はぱらぱらとページをめくり、あるところで止めた。 「鍵、鍵、鍵……。鍵は兄のもとにあるが、それは私の鍵だ? こっちは、兄のもつ鍵が記憶を解放する……? 鍵に関する記述はけっこうある。……記憶を封じることも、書き換えることも可能になった。でもその鍵はいつだって兄の手にある……」 「梛くん、書き換えるって……」  詩子がすがるような目で梛を見た。梛は小さく頷くと、前後の文章に目を通した。
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