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梛と詩子は走るようにして、ゲデヒトニスに飛びこんだ。そこには、和室で日本茶を啜る樫木のいつもの姿と、そして和室と店舗である土間を結ぶ縁台に腰かける眞一郎の姿があった。その隣にはスマホでゲームに夢中になっているらしい煉の姿もある。
「お兄ちゃん……!」
「ようやくお帰りだね、詩子」
穏やかに眞一郎は言って立ち上がった。
「お兄ちゃん、どうしてここに?」
「教育実習生の割には、だいぶ詩子に肩入れしているようだけど、槙原先生」
眞一郎が梛の前に立った。梛は黙って眞一郎を見た。その表情からは何も読みとれない。
「生徒が困っているなら助ける。当然のことだろ」
「うちの詩子が困ってる? そうなの、詩子」
「いろいろ相談にのってもらってるの。それよりお兄ちゃんの方こそ、煉くんと一緒にいて、どういうことよ?」
「そんな言い方ないじゃん、オレと眞一郎さんは、単純に詩子のこと心配してんの」
煉がスマホから顔をあげずに口にした。その様子に、詩子は大股で歩み寄ると、その頭をぱしっと叩いた。
「そういう風に言われると、全然心配してるようには思えない!」
「ってえなー」文句を言いながら煉は顔をあげた。拗ねたような顔つきに、詩子はひどく苛立った。その煉を眞一郎は構う様子もなく、梛から目を離さない。
「詩子は大事な妹。変な虫がつくのを防ぐのも兄の役目だからね」
「お兄ちゃん! 失礼な言い方しないで!」
梛や樫木をそしる兄にも、詩子は苛立ちが募った。人前で平気でシスコン的な言葉を言える兄の神経が分からない。そんな妹の様子に気づかないのか、眞一郎は梛から目を離さず唐突に話しだした。
「詩子、真実なんて必要ないんだよ」
「え……?」
「詩子は僕のもとでおとなしくしていればいい。どんなことがあっても守ってあげられるんだから。今の両親だって、いい親だろう? 詩子のことをかわいがってくれる」
「今の、両親……?」
言い方に詩子が引っかかっているにも関わらず、眞一郎は悠然と詩子にたたみかけた。
「真実なんてものは、見方が変われば嘘にも劣る。自己満足と表裏一体のそんなものに振り回されて、大切な家族や友人を失うことはないだろう?」
「それが偽りの関係だとしても?」
「逆に聞きたいね。偽りの関係って言う理由はどこに?」
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