夢の中の面影

1/1
前へ
/1ページ
次へ

夢の中の面影

 夢を見ていた。  場所はどこだか判らないが、俺は布団に横たわっていた。  見たこともない女性が俺の顔を覗き込んでいる。  何か話しかけてくる。  夢はそこで終わった。  これが一度だけのことなら、多分すぐに忘れたと思う。でも俺は、たまにではあるが、この夢を繰り返し見るようになった。  夢の意味は判らないし、現実世界でその女性に出会うこともない。  だけどいつしか俺は、この女性に運命的なものを感じてしまっていた。  将来の結婚相手?  もしや、生まれてくる未来の娘とか?  そんなことをあれこれ想像し、彼女とはどんな出会い方をするのだろうと妄想膨らませた。  けれどこの女性は現れなかった。  たまに見る夢の中でしか会えない女性。その相手のことは気になっていたけれど、現実に存在している別の女性を好きになり、俺はその人と結婚した。  子供も三人生まれたが、全員男の子だった。  その子らも成長し、それぞれに結婚したけれど、紹介してくれた嫁さん達の誰とも夢の女性は違っていた。  結局あの人が誰なのか判らないまま歳を取り、もうそろそろ人生も終わりを迎えようとしている。  心臓が弱っていて、自宅で倒れ、病院に運ばれた。  手当のおかげで一旦は持ち直したが、もう先がないのは自分でも判っている。  最期の別れにと、家族が病室に来てくれた。  妻、子供達、その伴侶と孫達。見な来てくれた。目に焼きつけて旅立てる。  そう思っていた俺の傍らに、皆を押しのけて一人の人物が立った。  白衣で医師だと判る。その人が俺の顔を覗き込む。  視界に、何度も夢で見た女性の面差しが映った。  俺がずっと夢で見続けてきたのは、この女医さんの顔だった。  つまりあの夢は、俺の、人生最期の場面だっという訳か。  総ての謎が消える。その安堵に満たされた俺の耳に、これも人生最期になる、夢の中では聞こえなかった女性の声が届いた。 「…ご臨終です」 夢の中の面影…完
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加