オヤジと僕とスタンレー

2/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 人が二人すれ違うのがやっとの狭い店内に入ると、即座にバニラの甘い香りが僕の鼻腔を満たした。  端でどうやら常連客らしい男が、うまそうに葉巻をふかしている。バニラの匂いはこの葉巻のせいかな?僕は葉巻のことは全く解らないので、その男の慣れた仕草にちょっとした憧れを覚えた。  僕がこのタバコ屋に通うようになったのは、アルバイトの稼ぎでは普通の紙巻タバコを買うのが少し厳しくなってきたからだ。手巻きタバコの方が安上がりだと聞いて、手巻きタバコの品ぞろえが豊富なこの店をネットで見つけた。  僕の手巻きタバコ歴はまだたった一か月ほどだ。コストは確かに、コンビニで買える500円近い紙巻タバコより格段に安く抑えられる。味もうまいと聞いていたが、正直僕にはよくわからない、というか、シャグ(タバコ葉のことをそう呼ぶらしい)意外のものは入れないので、むしろいつもよりキツく感じる。  今回はどれを買おうか…。チェとかアメスピとか、箱で売ってるのと同じ銘柄もあるけど…どうせなら手巻きでしか見たことないのがいいな。そうだ、フィルターとペーパーも買い足さないと。  初心者では選ぶのが難しいほどいろいろな種類が並ぶ棚の前で僕が長いこと悩んでいると、後ろからしゃがれ声で話しかけられた。 「ピンときたやつでいいんだよ」 「へ?あ、はい」  葉巻を吸っていた男だ。すごい声。完全に煙を吸い過ぎた声だが、むしろ渋みがあってかっこいい。 「ピンときたやつ…じゃあ…」  これ、と呟いて、スタンレーのコーヒーフレーバーを手に取る。 「君、うまい吸い方知ってる?」 「うまい?そんなのあるんですか」 「紙巻と同じように吸うと辛いだろ?ちょっとコツがあんだよ」 「へぇ~」  僕は早速会計を済ませ、葉巻の男にうまい吸い方を教えてもらうことにした。それにしても、この店には声の枯れた男しかいないのだろうか、店主も葉巻の男を超えるガラガラ声だ。  僕はちょっと緊張しながら、葉巻の男の前で手巻きタバコを巻いた。 「お、巻くのは上手いな。器用な男はモテるぞ」 「そうすかね?」  そうだといいけど。 「タバコってな、ほんとは火種を低温に保ったほうがうまいんだ。だから吸う時は、このタバコの先が少しだけ赤く光る程度に優しく吸え」  ふむふむ、優しくか。  僕はタバコを咥え、いつもよりかなり勢いを殺して息を吸った。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!