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阿久津探偵事務所。
壁にかかった時計は夜の12時をとうに超えていた。
そこに所属する久城 伊介(くじょう いすけ)は静かに事務所の扉を開け、デスクライト一つが灯っているだけの薄暗い室内に入った。
「おう、お前も来たのか」
同じくこの探偵事務所に所属する石山 寛次(いしやま かんじ)が、年季の入ったデスクチェアの背もたれにギシリと寄りかかりながら振り向いた。
一つ灯ったデスクライトは彼のデスクのもので、一人ウィスキーを呑んでいたらしい。
「まぁな。今日ばかりは、家に帰る気にはなれなかった。」
石山の正面のデスクチェアに腰掛け、久城はため息をついた。
「そうだろうな。俺もだ。」
そう言って手元のグラスのウィスキーを一息に飲み干すと、酒臭い息を吐いた。だいぶ呑んでいるらしい。
石山の前にはもう一つ、ウィスキーの注がれたグラスが置いてあった。
「これ、俺にか?」
「バーカ、阿久津所長にだよ。」
「そうか・・・。」
阿久津 京一。この探偵事務所の所長にして、久城にとっては大学時代からの先輩という間柄だった。
「それなら、俺が頂こう。所長は死んじまったんだからな。」
一息にクッとあおる。毛穴が広がり、喉が焼けるように熱かった。
阿久津 京一の葬式の夜だった。
「冷てぇ野郎だなぁ。せっかく所長とサシで呑んでたってのに。」
石山は苦笑しながら2つのグラスにウィスキーを注ぎ入れる。
「石山。珍しく煙草吸ってないんだな。」
「・・・あぁ。今日から禁煙だ。」
「なんでまた。」
「代わりに酒呑んでるだろ。なんとなくだよ。なんとなく。」
「そう言うな。酒に付き合ってるんだから、お前も付き合え。」
久城は胸ポケットからセブン・スターを取り出し、煙草の頂点を指ではじき1本指で抜き取れるようにした。
「ほら」
「禁煙を決意したその日に勧めんじゃねえよ・・・。大体お前こそ大分前に禁煙しただろうがよ。」
「所長の分を俺らで吸うんだよ。あの人、ヘビースモーカーだったからな。銘柄もセブン・スターだったろう?」
「そうだがよ・・・。しゃあねぇな・・・。」
渋々といった風に石山は煙草を抜き取り口に咥えた。
久城はそれにライターで火を点け、自分も煙草に火を点けた。
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