ポップコーン

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……もう少し、 もう少しと思いながら、ついつい話を止められなくて、 「あ、陣内さん、時間はっ?」 大浦くんが時計を見た時は5時半時近くだった。 「……あ、マズイかもっ」 慌てて店を出るも、どう考えたって夫の帰りまでに色々間に合う気がしない。 「電車じゃなくてタクシーで帰るから」 そう言って駅へ行き急ぐ足の速度を少しだけ落とした。 「ごめんな、なんか俺ばっか喋って引っ張っちゃって」 タクシー乗り場で大浦くんが申し訳なさそうな顔をする。 「そんなことない、私も結構喋ってたよ? 私、普段、夫ばかり喋ってるから」 「そうなの? 専業主婦ってそんな感じ? あ、ほら、来たよ」 帰宅者で溢れ帰る駅の前で、タクシーに乗ろうとすると罪悪感が現れるのは私だけだろうか? 「あ、大浦くんはまだ帰らないの?」 「うん。まだ寄りたいところあるから」 「そう、じゃあ……」 乗り込んで、軽く頭を下げてそのままお別れしようとしてたのに、 「あ、陣内さんっ」 閉まろうとするドアを押し開けて、大浦くんが中に手を差し入れてきた。 「……な、なに?」 繊細な指なのに、とても大きな手だった。 「握手、最後じゃないけど、会えた記念」 ″最後じゃないけど″ 本当にいちいち私をドキドキさせる。 「……うん、はい、じゃ、またね」 その大きい手を握って、軽く力を込めた。 「またね」 手を離すと、笑って今度は友達のように手を振る。 大人になったのに、笑顔は、幼い。 発進したタクシーの窓から、小さくなっていく大浦くんの姿を見えなくなるまで見つめてしまった。 映画の″ヒロシ″ よりも、ヒロシに近い彼……。 握手した手からは、微かに甘いキャラメルシナモンの香りがしていた。
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