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あの菊谷茉衣佳(きくたにまいか)先輩が火を吹いた送別会の夜から三日目の月曜日は、朝から雨だった。
大気が妙に生温かく、湿っぽい。
出勤したくないなあ、と思うのは、この天気のせいだけではないだろう。
すっかり泥酔した先輩が、ベッドに寝たのを確認した僕は、先輩の寝顔を思い浮かべては、もんもんとしながら、タクシーで家に帰った。
僕の変態度は、重症ではなかろうかと思い詰めてしまう。
菊谷先輩は、本当に僕と動物園に行ってくれるのだろうか?
動物園に誘ったのは、ただの酔った勢いだったら…。
僕なんて、手がかかる面倒な後輩にすぎないという現実を突きつけられたら…。
商品部に入ってすぐのボードには、部の社員の名前が入ったマグネットが並んでいる。
出勤したら、そのマグネットを『出勤』の欄に移動することになっている。
まず、自分の名前のマグネットを、出勤欄に移動する。
すぐ上には、菊谷先輩のマグネット。
菊谷先輩が出勤したら、なんと言おう。
「あれ?先輩のマグネットがない。」
よく見たら、先輩のマグネットは『出張』欄にあった。
そうだった。
九州に行くと言っていたっけ。
急に安心したような、残念なような。
デスクについて、今日やるべき仕事を確認する。
「相変わらず、早いな」
声を掛けてきたのは、日配部門の心野祥介(ここのしょうすけ)さん。僕の1つ先輩だ。
明るいグレーのスーツに、綺麗な紺を基調とした、チェックのネクタイを締め、短めに刈った髪を無造作に後ろに掻きあげて、固めている。
「深見ってさ、そんな頭なのに、うちの部署で一番マジメだよな。」
いたずらっぽく笑って、向かいの席に座る心野さん。
そんな頭って…
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