1.熱い夜

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*** 菊谷先輩のアパートに来てしまった。 「何かおつまみになるもの無かったかなぁー。」 先輩は、ジンやらウオッカやら、ありったけのアルコールをワンルームの唯一のテーブルに並べた後、冷蔵庫を覗いていた。 ガチャンガチャンと無駄に音を立てていて、なんだか危なっかしい。 「座っていていいよ。」と言われたものの、先輩が動いているのに、後輩の僕が一人座っているわけにもいかず、手持ち無沙汰に立ったまま、部屋を見渡す。 さっぱりしているが、花やキレイな小瓶など、さりげなく女性らしい小物が目につく。 「あ、ウィンナー、あった!」 嬉しそうに先輩が掲げたのは、ちくわだった。 「焼いて食べようか?ケチャップとマスタードもあるよ。」 今度はマスタードの瓶を手にするが、するりと手からこぼれ落ち、向こうに転がっていった。 もう、見てられない。 それに、ちくわを焼いて、ケチャップとマスタードでは食べたくない。 「菊谷先輩、僕、チャチャッと適当に作りますから、先輩こそ座っていてください。 冷蔵庫の中のもの、使っていいですか?」 「あ、うん。何でも使って…。 って、深見くん、料理できるんだね。」 「大学の時、居酒屋のバイト、長くやってましたから。」 「へぇー。」 ウィンナーを焼く傍ら、冷蔵庫に残っていた大根を手早く千切りにする僕のそばで、ビールを片手に流しに寄りかかる先輩。 「台所に、ワイシャツ姿の若い男が立ってるって、絵になるなぁ。」 そう言って、嬉しそうに僕を見上げる先輩は、ジャケットを脱いで、シャツの上に、普段着であろう、深緑のカーディガンを羽織っていた。 横目でちらりと見ると、先輩はビールを一口。 「ふー。」と息をもらしてうつむいた瞬間、長い髪が一束胸元にかかる。 思わず、その豊かな胸に目がいく。 襟元が少し開いたシャツからは、白くて柔らかそうな膨らみが見える。 その陰影に気を取られそうになった瞬間、先輩は髪をかきあげ、僕を見た。 慌てて目を逸らす。 しかし、先輩の方は、僕をじっと見ているようだ。 その視線に熱を感じる。
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