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「そう言えば…」
「はい?」
「コーヒーメーカーは買ったのか?」
「え?」
朝の身支度を整えながら、思い出したように夫が言う。
「壊れたとかなんとか…言ってなかったか?」
「あぁ…」
そんな何カ月も前の話、何を今更?と成美は呆れたが、もう…
そんな事はどうでもいい。
「お友達が使ってないのがあるからあげるって、新品をくれたの」
「どこの誰だ?その友達って」
「え?」
成美は返答に困った。優斗の顔が浮かんで、狼狽えるよりも、嘘を考えるのが面倒だった。
それよりも、今日優斗に振る舞うと約束した、昼食のメニューを考えたかった。
「誰だっていいじゃない?あなたの知らない人よ?」
「誰だ?言えないのか?言えないような友達か?」
このしつこさも、疑うような言い方も大嫌いだけど、どうでもいい
これも“ルーティンワーク”だから。
仕方ない、分かってる、分かってはいるけど…
「ほら…前に小学校の役員をした時に一緒だった人」
「へぇ…新品をくれるなんて変わった人間もいたもんだな?」
「…えぇ、そうね…」
だけどやっぱり、この人は愛せないと思う。
死んでくれないかな、と思う。
「下心でもあるんじゃないか?」
「…え?」
「タダより高い物はないって言うだろう?
気をつけろよ?騙されないように。
お前は無能な上に無知なんだから、お前を騙すのなんて簡単だろう?」
「…そうね、気をつけるわ…」
「あぁ、それと今日は出張だから…」
「えぇ、分かってます、行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
夫が出て行き、玄関のドアが閉まった瞬間、成美は堪えきれず大声で笑った。
「ご忠告ありがとう!そうね?騙されないように気をつけるわ?」
今頃何を言ってるの?
そんなに私を心配するなら、あの日黙ってホームセンターへ行かせておけば良かったのよ?
こんな風になったのはあなたのせいよ?
そう考えながらひとしきり笑った後、馬鹿らしくなって深い溜め息をついた。
何も知らない夫が滑稽で酷く哀れに思えた。
そして
それでもまだ、こんなにも苦痛な日常を捨てられない自分が一番哀れで
一番愚かなんだと思った。
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