第1章

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 妙に暖かい春の日差しが差し込んでくるカウンターにぼーっと座っているとこのまま眠ってしまいそうになる。いっそこのまま眠ってしまおうか。眠ってもいいか。ほどんど客もいないし、この時間だと誰も来ないだろう。だから寝ても誰も文句は言わないだろう。  カウンターにうつぶせになり睡魔に身をゆだねようとしたところでガンガンと金属音が鳴り響いて現実に引き戻された。 「有馬さんそんなところで寝ないでくださいね」  俺の顔をのぞき込むように小さな女の子が両手にフライパンとお玉を持って立っていた。 「四季さん」 顔には若干の怒りが浮かんでいるのが見て取れる。 「有馬さんが風邪ひくとお母さんが大変なんで気を付けてくださいよ。ちなみにお母さんが大変なことになると私も大変になります」  この妙にしっかりした小学二年生の女子は俺の娘だ。というよりも娘になった。半年前俺はたまたま知り合ったゆかりという女性と知り合い結婚した。その時の経緯は色々あったのだけれどそれはそれだ。そしてゆかりには一人の娘がいた。俺は初の結婚で旦那になり父親になったのだった。 「それに平日の午前十時とはいえ、たまにお客さん来るんですからね」 「この時間に来るのはいつも暇している常連の奴らだけですよ」  常連の奴らはいつもさして注文もしないくせいにいつまでも粘っていく困った奴らだ。それにあいつらのお目当てはだいたいゆかり目当てだ。 「常連さんなんだから大切にしてくださいよ」  四季さんはは一応困ったように注意してくるが、顔は笑っているのでおそらく本気ではない。 「ゆかりは何時帰ってくるって言ってました?」 俺が娘に敬語を使っているのは元から人と話す時には敬語の癖があるのと、四季さんとの微妙な距離感のせいもある。 「お母さんは実家に呼び出されているので、夜遅くまで帰ってこれないと思いますよ」 もう一つ、俺が結婚してからというか結婚するとなった時に知ったのはゆかりがかなりの家柄の一人娘ということだった。今の現代にも財閥ってあるんだなと実感してしまうレベルだ。 「あー。長くなりそうですね」 俺が言うと四季さんが苦笑する。 「お母さんも死ぬほど嫌そうでしたから」
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